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高見国生さんが歩んできた道

コラム町永 俊雄

▲ 4月27日のADI京都、開会式でスピーチをする高見国生代表。2004年に続き、二回目のADIをやはり京都で開催。37年間一日も休まず「認知症の人と家族の会」とともに歩んだと言う。この人なしには、日本の認知症状況はここまで至らなかっただろう。

高見国生さんがこの6月で認知症の人と家族の会の代表を退く。
で、この機会に高見さんについて一言、といってもとても一言で語れる人ではない。大体が高見さんを語ることは家族の会を語ることであり、家族の会を語ることは高見さんを語り、この国の「認知症」を語ることといった具合に、それぞれが分かちがたい関係にある。
高見さんは昭和23年の福井大地震で家族を失い5歳で孤児となる。引き取られたのが京都西陣の伯母のところだった。養子となり京都府職員となってからその養母が認知症になり、8年間仕事と介護の両立生活をする。
高見さんの人生のスタートが震災での孤児であったこと、その後の壮絶な介護体験が恩義を感じていた養母だったこと、そして京都西陣という人のつながりが濃密な地域コミュニティーの中に暮らしていたことなどの複合が、その後の家族会に黙示的な方向を与えたのかもしれない。
「呆け老人を抱える家族の会」が出来たのが1980年、「認知症の人と家族の会」と2006年に名称を変え、以来37年に渡って代表を務めた。認知症介護も今の状況とは全くちがう。私は何度も高見さんにはインタビューしている。
「それは怒鳴ったり、しばいたり(叩いたり)もしましたね。そうしなければ自分がやっていけなかったんや」
孤立しギリギリまで追いつめられる家族としての思いをなんとかしたい。これは高見さんの原点であり、その後の家族の会の活動でもいささかもブレはしない。
実は「呆け老人を抱える家族の会」は結成と同時に全国組織として発足する。段階的に支部が拡大したのではない。ほとんどいきなりである。この時点ですでにこの社会全体の認知症に対する要請と普遍の課題を見据えていたとしたら、ここにもう一つ、成立時点で見落とせない要件がある。それは京都西陣が当時から「地域医療」の先進地だったことだ。早川一光医師や三宅貴夫医師が深く関わっていた。認知症は「医療」だけでは担いきれない。そうした先駆的な医師たちの思いが家族の会結成に注ぎ込まれていたのではないか。
当時、高見さんが養母の相談をすると三宅医師は夜間にもかかわらず即座に訪問診療し、高見さんに言わせれば糞尿まみれの母親に対しての人間味溢れる対応と、帰り際、30代だった高見青年にしみじみと言った「大変やったな」の一言が、その後の高見さんの、家族、認知症の人の在宅での暮らし、そして医療とケアのあり方を決定した。
認知症関連として国内最大の団体の家族の会の強い結束は、そのまま高見代表の求心力でもある。高見さんはよく言う。「理屈やない」と。医療や介護のあり方、制度や財源論も熱心に聴き取りつつも、それが認知症の人と介護する家族のつらさを解消するのかの一点は決して譲らない。京都言葉で、「そう言わはってもな」と柔らかに応じて、そこから剛直なまでに踏みとどまる。社会保障、介護保険の議論でも常にそうだった。高見さんの背後には会員一万人を超える全国の認知症の人と家族の暮らしが控えていたのである。
しかし、大きな視野で見れば家族の会の基盤である「家族」も37年で変容した。高齢化、単独世帯、老老世帯が増え、その中で地域包括ケアと新オレンジプランで社会福祉の基盤は「家族」の単位から「地域」へと移行され、「認知症との共生」が打ち出されていく。「家族」の存在自体も本人の自己決定や自立にどう位置取りをすべきか、本人の発信と家族の素朴な思いのズレと整合を重ね合わせ、共に「認知症社会」をどう牽引していくべきか。新たな模索を高見さんは先導した。
そして、ADI2017京都の開会式では高見代表がそのテーマを「ともに新しい時代へ」と高らかに宣言し、名実ともに「認知症新時代」への確定的な変化として発信したのだった。

かつて母親を介護していた西陣の旧宅の前で話を聞いた。毎日出勤前、高見青年はその家の道路に面した窓辺に母の布団を干した。「大人のおしっこってなんであんなに臭いのやろ」そう思いながら布団を干した。「その時はもう懸命で何も気づかんかったが、近所のひとはそんな匂いにも何も嫌な顔をしなかった。ずっとあとになってそのことに気づき、とても助けられていたのだと思った」
家族の会の芯にいささかもブレずに息づくのは、この高見さんの地域と人への深い信託だろう。それは今後も変わらないだけでなく、この社会が共有すべき「力」となっていくはずだ。
高見国生さんは「認知症の人と家族の会」代表を退くが「認知症社会」を退くわけではない。高見の見物は、ナシである。

|第47回 2017.6.01|