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リレーコラム

認知症関連の番組制作に携わる、町永俊雄さんと川村雄次さんのコラム。

町永俊雄 町永俊雄 NHKアナウンサー コラム一覧へ

1947年東京都生まれ。1971年NHK入局。青森、岡山などの赴任地を経て、「おはようジャーナル」「くらしのジャーナル」キャスターとして、家庭、教育、健康、福祉といった生活にかかわる幅広いテーマを担当。 その後、「ETV特集」「金曜アクセスライン」キャスター。現在は「ETVワイド ともに生きる」「福祉ネットワーク」などの番組でキャスターとして活躍中。

川村雄次 川村雄次 NHK文化福祉ディレクター コラム一覧へ

1990年NHKに入局。ドキュメンタリー、教養番組などを制作。2005年から制作局文化・福祉番組に所属。2006年に始まった認知症キャンペーンに携わる。 主な番組として、「16本目の“水俣”〜記録映画監督 土本典昭〜」「山村の巡回診療班はいま〜長野県佐久総合病院の50年」「クリスティーンとポール〜私は私になっていく〜」など多数。

町永俊雄 中学生と認知症

第2回 2008/11/10

熊本市黒髪にある桜山中学校の文化発表会で講演をして来た。テーマは「認知症になっても大丈夫。そんな町、黒髪を!」というもの。この中学校は日頃から認知症高齢者と交流し、サポート活動を熱心に続けている。

前日は深夜まで収録があり、当日熊本入りの日帰り講演。辛しレンコンも馬刺もお目見えかなわない滞在5時間のとんぼ返りだった。残念。
それに講演の相手は中学生だ。私のようなオッサンにとって中学生は宇宙人である。我が子だってその年頃には会話はすべて「サァ」と「別に」で済ませていた。

せめて笑いを取ってやろうと講演の頭に「エー、年を取るとどうしても物忘れになります。部屋でふと用を思いつく。デ、廊下に出たとたん、これが何の用で出て来たのかわからなくなるのですね。廊下に出たとたんの物忘れ、これをローカ現象と言います」
ドッと笑ったのは会場の地域住民で、生徒達はただマジマジと私を見上げている。いかんいかん、笑いを取ろうなどと悪あがきはやめ、まじめに話した。
認知症を取り巻く環境はここ数年で大きく変わり、医療と介護がつながる事で今や認知症はあきらめなくていい病気である事。その成果として、認知症は何も出来なくなるのではなく、出来る事を見つけていく事で認知症になっても地域で自分らしく過ごす事が出来ること。そしてそれは中学生にとっても必要な視点である事。
「だって成績で判断されるより、輝いている自分を見てほしいだろ?」生徒達の表情がやわらかに、しきりにうなづく。

「アピールしていいですか?」
講演後、生徒達が駆け寄って来て、会場の体育館に展示されている発表を説明してくれた。女子生徒のグループは、認知症高齢者のためのマネキンのリフォームウェアを示しながら十数カ所もの工夫を説明する。その他、生徒達の設計したバリアフリー住宅。多機能で見やすく扱いやすい高齢者用置き時計。
これは学校にやらされている活動ではないな。生徒達自身のアイデアが息づいている。

実はこれは独立行政法人福祉医療機構の「公立中学校の空室を使い、認知症高齢者と家族を支える」事業の一環だ。
春の運動会には認知症高齢者の参加する競技があった。種目は「じいちゃんとばあちゃんと手にとって」 盛んな声援の中、生徒と認知症高齢者が一緒にゴールを切ったそうだ。聞くだけで涙が出そうだ。
事務局は社会福祉法人リデラルライトホームという地域に伝統と実績のある施設に置かれ、そこが運営する小規模多機能ホーム「コムーネ黒髪」は中学のすぐ隣にある。
学校帰りの生徒が立ち寄っては時間を過ごし、運動部の男子生徒はちゃっかりジュースをご馳走になって帰っていく。

認知症を支えるのは言うまでもなく医療、介護施設、そして地域だ。しかしその地域にも高齢化は押し寄せている。老老介護、認々介護の現実が見え隠れする中で、実は学校そして子供達は強力で確実な社会資源だ。大人達だけで眉間にしわ寄せて認知症対策に悩むのではなく、中学生高校生も一緒になってのおおらかに開かれた会合がもっともっとあっていい。
「認知症になっても大丈夫」という地域をどう作るのか。大きな課題だが、やがて私たちはこの社会から退場し、必ずこの中学生達が担う事になる。彼らの意識と活動が、日本の未来を描くいちばん確かな投資だろう。

桜山中学では、今度は生徒達が認知症高齢者の献立を考え地域の人達が協力して、一緒に会食をするプランを進めている。

次回、川村雄次さんのコラムを掲載

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