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町永俊雄のADIリポート

概要

Vol.1 ADIは認知症の本人の声から始まった
Vol.2 認知症の人の権利
Vol.3 「認知症社会」を創る、動かすのは誰か。

 

ADIは認知症の本人の声から始まった

国立京都国際会館、大ホールにコーラスが流れた。春のうららの「花」のうたがしっとりと歌われ、次は一転、リズミカルに身体をゆらして「ユー・アー・マイ・サンシャイン」。会場から手拍子が湧く。コーラス隊は認知症の人が中心、インドネシアのメンバーも混じっている。揃いのTシャツは、認知症のイメージカラーのオレンジだ。ADI国際アルツハイマー病協会国際会議の開会式のオープニングだ。
和やかに、そして祝祭気分の中でADI2017京都が始まった。しかしよくある来賓の祝辞のレベルにはとどまらない。そこには世界がこの認知症に向き合う明確な覚悟と、そして新たな方向性がすでに示されたのである。家族の会の高見代表は、まずこのADIのテーマを「ともに新しい時代へ」と宣言し、続くホストとしての山田京都府知事は、京都オレンジプランとして、認知症共生社会の実現を目指し、認知症ケアからデイケア、そして医療へとシームレスに繋がる「認知症総合センター」の構想を語る。具体的だ。

そして認知症の本人のスピーチとして丹野智文さんの登場である。万雷の拍手。「こんな大きな舞台でのスピーチははじめてです」とは言うが、ちっとも緊張しているようには見えない(最も後で聞いたら「疲れたーっ」でした)。まず丹野さんは、何を伝えたいかをこう語る。
「認知症になってもおわりではない。全国にいるまだ不安のある当事者へ、認知症でも笑顔で元気に楽しく過ごすことを知ってもらいたい」
そして、丹野さんは「認知症の人とともに生きる」とはどういうことかとして、スコットランドでの当事者同士の交流の体験に話を進めた。
「スコットランドでは進行してもできるだけ自分のことは自分でやろうという気持ちが強く、周囲も「自立」のための最低限のサポートを心がけている。対して日本の場合はどうしても保護することに傾く。保護することは守ってやること。つまり、なんでもやってあげることと考えているのではないか」
ここで語られているのは「認知症にやさしい社会」への当事者からの本質的な問いかけであり、今回のADI京都の掲げるテーマである「ともに新しい社会へ」に対して、空転することない議論をせよという強い要請である。ここには当事者の声が社会を動かすという丹野さん達当事者の信念が反映されている。彼は続けた。
「認知症当事者は、守られるのではなく、目的を達成するために支援者の力を借りて課題を乗り越える事が必要だと考えている」
終わるとスタンディングオベーションをする人もいた。これこそが本当の、ポジティブに認知症に向き合うということだ。認知症の人もそうでない人も含めて。
2017年の京都ADIは、紛れもなく認知症の人の声を受け止めることがから始まった。そう言えると思う。

国際会議大ホール。開会式から一日中発表が続く。

開会式のオープニング。まずは認知症本人たちのコーラスから始まった。

オープニングスピーチをした丹野智文さん。堂々としたスピーチだった。

(2017.04.27)

 

認知症の人の権利

京都ADIが開催されている国立京都国際会館は京都郊外と言っていいのかどうか、トーキョーもんがヘタなことを言うと生粋の京都人(これはミヤコビトと読む)に怒られるかもしれない。で、所在地で言えば左京区岩倉にあって、実は私は以前ここで何回か京都賞の仕事をしたこともある。すぐとなりに宝ヶ池があって一周すると、水面(ここはやまとことばで、みのも、と読みたい)の向こうに比叡山が望め散策には最高である。国際会館は日本で最初の国立のコンベンション施設。巨大なコンクリートの建造物だが、その姿は日本古式の合掌造りを範としている。ああ、京都だなあ、なのである。今は京都はあおもみじの季節。新緑を青もみじ、と言うのだそうだ。こちら、すっかり京かぶれ。
なのに、朝から夕方まであちこちのプログラム会場に詰めっきりである。こんなに熱心に聴講したのは予備校以来である。大学以来と言いたいところだが、それは、ムム、言えない。
プログラム会場を渡り歩くように移動していたら、変わった表示を見つけた。
案内表示にリチャードテイラールームと記されている。なんだろ、これ。
実はこれは、ここは認知症の人のための静かな環境の部屋であるという表示なのである。本会議場から離れていなくて落ち着ける部屋として用意されている。それなら「認知症の人の部屋」と名付ければわかりやすいではないか、と思うだろう。しかしそれをしない。それは参加者に「認知症の人」と言うスティグマ(烙印)を押すことになるからだ。リチャード・テイラーというのは、DAI(国際認知症同盟)の創立メンバーのひとりである。今回のADIでは、実はこうした「認知症の人にやさしい配慮」があちこちに張り巡らされている。会場のいたるところに黄色いジャンバーの案内の係の人が立っているのを見ているはずだ。これは特に認知症の人のためだけでなく、すべての障害者、高齢者の支援につながっている。実際に広い会場を付き添って案内している場面を私は何回も目撃している。そして階段である。みんな何気なく昇り降りしているが、分厚いジュータンを敷き詰めた階段の縁の部分には白く目立つようなテープが貼られている。視認失念の認知症の人にとっての階段は恐怖なのである。そうでなくても同色の高低差はつかみにくい。白いテープは、実は私も昇り降りに足を踏み外すことのない安心に繋がったのである。
こうした「認知症があってもアクセスしやすい会場づくり」を提言してきたのが、DAI(国際認知症同盟)の共同創立者のオーストラリアのケイト・スワファーさんである。彼女は「認知症の人の人権の尊重」の発表をした。いま、日本でも人権に基づいたアプローチが注目されている。それは「認知症と共に生きる」という言葉を支える概念であり、また「私たち抜きに私達のことを決めないで」というフレーズこそが、認知症の人の権利の表明なのだとする。それはケイト・スワファーさんの発表会場だけの話ではなく、会場の外に出れば、階段や部屋の表示や、トイレへの案内表示、そして認知症の人もそのことを示す名札をつけることなく、混ざりあってインクルーシブに私達とともに行き来している。ここにはアタリマエのこととして、会場のあちこちに「権利」が息づいている。ここに出現しているのが限定的ながら「認知症社会」だ。

あとから振り返れば、ADI2017は日本で認知症の人の権利を高々と掲げた、その最初として記憶に残るかもしれない。

リチャードテイラールームの表示板。大会議場から近くて奥まった静かな部屋。認知症の人が落ち着いて過ごすことができる。

階段にはどこも段差がわかるように白いテープが貼られている。認知症の人のためというより、誰にとっても使いやすい。

大ホールでのケイト・スワファーさんの「認知症の人の人権の尊重」の発表。画面には「私達抜きに私達のことを決めるな。認知症でなく人間と見て」とある。

(2017.04.28)

 

「認知症社会」を創る、動かすのは誰か。

ADI2017、京都で開催されて今日で3日目だというのに、会場で会う誰もが活力に満ちている。
この日は、認知症の当事者の会である日本認知症ワーキンググループ(JGWG)のプログラムがあった。2014年の10月に発足したワーキンググループ、最近は海外のワーキンググループとつながりながら活動を広げ、深めてきている。ということで、今日の会場最前列には、海外からADIに参加している当事者たちがずらりと並んだ。分かる人にはわかると思うが、本当に豪華な顔ぶれだ。つまり、これまで世界の当事者活動を牽引してきたリーダーたちが顔を揃えたのだ。クリスティーン・ブライデンさんにジェームズ・マキロップ、ケイト・スワファーさん達である。プログラムが始まる前から、握手にハグ、肩を叩きあっての交流が始まる。これはこのADIの他のセッションでは見られない光景だ。他のプログラム会場だと、専門家が「認知症を見るのではなくて、人間としてみるべきだ」と重々しく説いて、聴衆がフムフムと熱心にメモを取ったりするが、ここでは一目瞭然、ひとがヒトと出会い、心通わせる普遍的で胸ふるわせるシーンが目の前にある。これを見よ。認知症とともに生きる人々を見よ。私は息を呑むようにして見守った。
壇上の日本認知症当事者ワーキンググループは、コーディネーターが丹野智文さん、それに共同代表の藤田和子さん、佐藤雅彦さん、そして杉本欣哉さん、竹内裕さん、平みきさん達が並ぶ。それぞれの発言に前列の海外の当事者が微笑みながら見つめ、そして発言ごとに強く拍手する。海外の当事者はそれぞれが国際的な組織をにない実績と影響力を持つメンバーだ。しかし、ここでは同じ「仲間」なのだ。同じ不安とつらさと絶望をくぐり抜けて、今、日本の古都京都で同じ当事者の希望の言葉をじっと聞いているのである。丹野さんが何度か繰り返した「支援される」存在でなく、水平につながりたいという発言にケイトは大きく何度も頷いていた。聴衆の一人として見ていて、グッと来るような深い感動を覚えてならない。それは感傷といった次元のものではない。海外の人を含めて彼ら彼女たちのこれまでの「思い」が、いま「力」となっていく現場を目撃している深い感慨と言ってもいいかもしれない。

日本の当事者たちが一様に訴えたことは何か。それは「自分のことは自分で決め、やれることは自分でやりたい」「最初から手出しはしないでほしい。ほんとうに必要なところをサポートしてほしい」
これはまさに私達の認知症観の根本的な転換を訴えている。認知症の人はいつも「支援」され「守られる」存在ではない。水平に繋がる仲間となってこの「認知症社会」を一緒に考えてほしい。それがきっと「認知症にやさしい社会」なのだと、丹野智文さんは世界の仲間の前でそう締めくくった。
京都ADIのテーマは「ともに新しい時代へ」だ。 前回の2004年の京都ADIを、何かが動いたと振り返えるなら、今回ADI2017京都は何かを動かした。創った。それは認知症当事者たちの思いが力となって、と記されることになるだろう。

クリスティーンとパートナーのポール・ブライデンさん。最初に挨拶にたち、「2004年に同じこの会場で公演した。そのときにバトンをリレーしてほしいと話し、今そのバトンを日本の仲間にリレーしている思いです」拍手、拍手だった。

このプログラムはすべて当事者だけである。丹野智文さんが見事に進行した。

どうです、この雰囲気。これが「認知症社会」への変化だと思いませんか。一緒にイエーイ。

終わっても立ち去り難くて、話が続く。藤田和子さんがいて、オーストラリアからのケイト・スワファーさん。「動かす」人びとだ。

(2017.04.28)