認知症フォーラム.com

ホーム本人の声、家族の声「ぽーれぽーれ」2008年6月号(335号)

本人の声、家族の声

このコーナーは『(社)認知症の人と家族の会』の協力で制作しております。

お便り紹介
「あまりにも早い進行」千葉県・Yさん 43歳 女
主人は52歳です。今困っていることは住宅ローンの返済が難しいことです。認知症というだけでは免除はしてくれません。
昨年5月に入院して、12月から老健施設に入所していますが、先日、病院に診察に行った帰りに家に少し寄ったのですが自分の家だとは分からなかったのです。若年のためでしょうか、あまりの進行の早さに悲しかったです。もうすぐ家族のことも忘れられてしまうのでしょうか。
「若年期認知症本人のつどいをもっと」徳島県・Iさん58歳 女
昨年の本人会議に夫と共に参加させていただいて早一年になります。「来年も参加したい」と張り切っていた夫もこの頃は「なーんも分からん」「どうしたらいいんだ」…、だんだん状況が理解できなくて、表情が暗く、笑顔が少なくなってきました。若年期アルツハイマーはデイケアにしてもショートステイにしても受け入れ体制が十分ではありません。体力があるので施設の方も対応に困っているようです。デイケアやショートステイの内容検討、改善を望みます。
若年期アルツハイマーの本人の集いをもっともっと増やしていきたい。そのための検討、議論が必要ですね。もっともっと明るい展望がほしいです。
「看とりの意思確認が問題」京都府・Fさん 73歳 男
特養ホームでの看とり(医師)をしていますが、本人の意思確認、特に認知症の利用者からの確認が問題です。入所してこられたときには看とりの話をしても「今は分からない」という回答が多いようです。
今後は意思表示のできるときに意思表示をすることが必要だと思います。
「スタッフの質の向上と待遇改善を」広島県・Sさん 66歳 男
妻が今年4月より多機能ホームへ看護師として勤務しております。スタッフの認知症への対応の仕方がもどかしくなるとのこと(素人の人が多い)。スタッフの数を集めようとするとどうしてもそうなるのかなと心配する。介護保険から、もう少しスタッフに資格を取らせ、給与等の待遇の改善を期待したい。
私の介護体験談
「介護生活『妻の誕生日』」

妻(54歳 脳血管認知症 要介護4)
私(51歳 介護保険事業をしながら妻の介護)

妻がくも膜下出血により突然倒れ、早いもので9年が過ぎています。日々妻を介護する中で悔いを残さない日々を送れればと心に刻み生活をしていますが、最初からこのような気持ち、感情になれたのではありません。
介護という現実に、経験のない世界であり、失敗の日々、試行錯誤の日々が続きました。失敗から次は失敗しないようにいかにするかを考え、介護技術を会得するという繰り返し。今もそうですが、少しずつ妻の状況も悪い方向へ移行していますのでこれでよいという介護ではありません。
このような状況の中、妻が傍に居ることの大切さや、有難みを味わうことができる日々もありますし、もういやだと感じる日々もあります。仕事で疲れ、家に入ると家でも介護という現実が待っている。息つく暇もなく介護となる現実、私自身、生身の人間であり、悟りを開けるところまでは至っていないからでしょうね。ついつい強い口調になることもあります。認知症のことについては、いろいろな研修や実習を経て理解はしています。なるべく感情を介入させず淡々と感じて、いろいろ妻の介護をしていますが、そこには家族である情があるから出るものなのでしょう。
このような現状の中、妻が病気となり毎年していることがあります。それは、年に一回必ず来る妻の誕生日に、妻にささいな物でもプレゼントをするということをしています。
これは今年も誕生日を一緒に迎えることができた。介護生活のなか、いろいろな出来事があるが、共に人生を送ることができたことに対する感謝と、私一人になれば今後の人生に大きな空虚が生まれ、目的がなくなるのではないかという不安を払拭できたという私の思いである。存在する者がいなくなることの不安。これは私自身の一番おそれているものであり、その時がいつかは来ると覚悟はしていますが、精一杯悔いのない人生を送れたと思いたいからかもしれません。
妻の好きなものを買えばよいと、売り場に連れて行きます。その時の妻の表情は、言葉に表せないぐらいに生き生きとしているのです。おとうさん、これいいかって聞くんです。日頃は罵倒する言葉しか出ない妻なのですが、「いいよ、いいよ」と言うと、ニコニコと表情が変化し、「お父さんありがとう」って言葉が出るんです。たまらないですね。
認知症になっても喜びや感謝の気持ちが表現できる。ああ苦労して見ているのかな。お父さんありがとうと言ってくれると、すべての辛さが吹っ飛びますね。
記念として贈り物をする。しかし、数分後には妻はすべてを忘れる。でもその一瞬が自分を癒してくれ、また頑張るぞとなるんですね。
果てしなく続く介護生活。いつ終わりとなるか分からない日々でありますが、縁あって一緒になったもの同士いざこざはあるでしょうが、妻が居ての私であり、私が居ての妻であると。これからも認知症に伴う症状に寄り添うように私は生きることとなりますが、毎年感動を与えてくれる妻に感謝。

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