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「認知症社会」、次の扉

コラム町永 俊雄

▲ 認知症の「啓発キャンペーンDVD」の収録風景。四人の認知症の当事者が、この社会の多くの人を念頭に語り合った。そこには「予防」や「特別視」されがちな自分たちのこと、「認知症にやさしい社会」についてなど、今までとは違ったふみ込みがある。発信する側と聴く側とが、DVDを介して互いに語り合うように活用してほしい。

認知症の「啓発キャンペーン」として、四人の認知症の人に集まってもらっての座談会をDVDにした。各地で活用が始まっている。大学で医療や保健関係の学生たちが視聴して、その先生が私に報告してくれた。

「四人の認知症の人が話し合っていますが、学生たちは、そのうちの一人は司会者で、認知症の人とは思わなかったようです」
そのうちの一人とは、丹野智文さんである。確かになあ、丹野さんがあの座談会の進行役を担っている。それがまことに見事だし、イタに付いているから、司会者だと思い込んでしまうのも無理はない。
「なるほどねえ」とつい談笑のうちに終わったのだが、これは案外と深いところに根ざす課題かもしれない。

なぜ、若い世代の学生たちは、丹野さんを司会者として見、認知症の人とは思わなかったのか。あの座談会では彼だって自身の認知症を語ってはいるのだが、一旦思い込むと、「司会者」認識の方が鮮やかに刷り込まれてしまったらしい。
改めて、なぜ学生は彼を認知症の人とは思わなかったのか。

それは学生たちの持つ「認知症」のイメージと合致しなかったのではないか。
彼らの抱く「認知症」像は、認知症高齢者によって形成されていて、それは依然として、表情乏しく言葉数少なく、いわゆる「わからなくなった人」なのである。
だから、彼らの脳内検索ソフトでは、笑顔で生き生きと座談会を進行する丹野さんは、「認知症」のキーワードでヒットしなかった。
彼らにインプットされている「認知症観」は、根深く旧来型の「痴呆」のイメージをひきずっている。
もちろん、学生を責めるのではない。映像に丹野さんの頭上に矢印で、「この人も認知症です」と字幕をつければいいというわけでもない。

要するに私たちの「認知症社会」は、ここから立ち上げなければならないのである。様々な地域活動によって、確かに認知症に関わる環境は随分と変化し改善された。嬉しいことだ。

ただし、それはまだまだ関係者の中だけの水位が上昇しただけで、水門を開けて、広い世間に流し込めば僅かに人々の足元を濡らして、たちまちに蒸発してしまうのかもしれない。
それはまだ長く遠い道のりかもしれない。しかし、一部の「意識高い」系だけの覚醒では限界がある。そこから広範な人々の側へ、どう新たな認知症観の構築を託すのか。

しかし、可能性は大きい。それは若く柔軟な世代が、「気づく」からだ。あの座談会を視聴するうちに(願わくば、それは「視聴」という他者性の言葉よりも、あの場に臨場した「体験」であってほしい)、彼らはきっと、気づくはずなのだ。
「そうか、あの人は認知症なのだ。だとしたら、どんな不安と困難から、あの笑顔を獲得したのだろう」
若さは不安と困難とともに歩む歳月とも言える。その彼らが自発的に気づく。その時、彼らは、認知症の人の不安と困難を自分事として引き受ける。それは社会を変える大きな力だ。

そしてまた、認知症の本人たちも口々に訴える。
「私たちは、いつも特別な人たちと言われるが、私たちは特別なのではない」
それもまた、この社会の持つ根深い認知症観が、彼ら彼女を「特別」な存在とすることで、自分たちの「認知症」イメージの改変を無意識に後回しにし、認知症に対する偏見が温存されていく。

どうすればいいのか。
答えはない。それは「どう生きればいいのか」と言う多義的なこの社会のあり方を問うようなものである。言えるとすれば、認知症を発信する側と、聴く側とが壇上と会場とで別れるのではなく、インクルーシブに普段の暮らしレベルの交流が深まることだ。
丹野智文氏は、去年の「認知症にやさしいまち大賞」の授賞式でこう言った。
「各地に呼ばれて行くのは嬉しいことだが、私(丹野)が行って話をしたからと言って、それを地域活動の成果にしないでほしい。そこから何が始まるかを成果としてほしい」と。

最後に具体的なことを一つ。
若い世代に聞くと、地域で認知症の人に会ったことが驚くほど少ない。
高齢者の5人に一人が認知症の時代になるというのに、これはなぜだろう。まだまだ地域の認知症の高齢者は外に出ていない。
地域の誰もが、街角でカフェで、誰かが語る「認知症」ではなく、本人の語る「認知症」に接してほしい。問いかけや語り合いや気づきという暮らしの中のあなたの小さな力が、きっと大きな変革につながる。

地域それぞれの人が「私の認知症」を語り始める。その時、この認知症社会の次の扉を、私たち自身が押し開くことになる。

|第73回 2018.7.4|
 

「本人座談会」の視聴・ダウンロードはこちら(NHK厚生文化事業団HP)

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