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認知症ケア学会で「認知症の力」を語った

コラム町永 俊雄

▲6月5日の認知症ケア学会の特別講演。講演の前後に学会の繁田雅弘理事長とのトークセッション。繁田さんのシゲタ・ハウスのこと、岩手のスローショッピングのこと、「認知症の力」が発揮されている事例を語り合う。

認知症ケア学会が6月5日から始まった。
その冒頭の特別講演をおおせつかった。どうやら、学会理事長の繁田雅弘さんの画策らしい。
「あのマチナガに語らせちゃおうじゃないか」、たぶん、そんな感じだったのだろう。確信はないが。

それにしても、認知症ケア学会といえば多くの専門医、専門職、当事者が集う学会である。そこで何を語ったらいいのだろう。
ということで、繁田雅弘さんや学会の関係者がオンラインで打ち合わせ、というより雑談の場を持った。これがまた楽しかった。それぞれが自身の問題意識をもとに、ご自分の近況や、この社会の動向を語り合ったのだが、それはどこか「認知症に伴われている」、といった感覚を誰もが備えながらの語り合いなのだった。

「認知症に伴われている」。その感覚は新鮮な気づきだった。
これまでとかく「認知症に寄り添う」といったスタンスが、ある意味、到達した社会値とされてきた。それはどちらかといえば、主体は支援者的な、まだ認知症になっていない側の言葉である。

繁田雅弘さんは、そのロマンスグレー(古い言い方なのか)と、ソフトでわかりやすい語り口で多くの人を惹きつけているが、実は臨床のみならず研究者であり教育者としての赫赫(かっかく)たる実績をお持ちである。その繁田さんが、一方で認知症の人には地域に開かれた場が必要と、使われなくなった瀟洒(しょうしゃ)な実家を開放して「SHIGETA ハウス」と名付け、語りと学びの発信拠点としているのは、よく知られている。

その繁田さんの語る言葉には、どこか「認知症に伴われている」という実感からの思いがこもる。繁田さんが、シゲタ・ハウスにやってくる高齢者のことを話すとき、それは医療者というより、地域の寄り合いの一人としての語り口なのだ。

そうか、この社会は実は認知症に伴われていることで、かろうじて成り立っているのかもしれない。
そこで私の講演のタイトルを思いついた。
「コロナの時代に考える『認知症の力』」

ふーむ、いささか挑発的なのかもしれない。認知症が力であるはずはないじゃないか。認知症はこの超高齢社会の宿命的な課題であるという声は社会に満ちている。
その通りだ。しかし、だからこそ、その発想を逆転したい。これまで常に「認知症」は課題として、問題化して語られてきた。

「認知症をどうするか」という設定は切実な現実に向き合う真摯な姿勢ではあるが、それは常に「認知症」を対象化する。そうではなく、認知症の存在をこの社会の所与のものとして引き受け組み入れ、そこから大きく振り向くようにして、「認知症に伴われて、私たちはこの社会はどうあったらいいのか」と視線転換する。
私たちの社会には、「認知症の力」があまねく遍在している。そう捉え直す時、その時見える風景はどんなものだろうか。
「認知症の力」とキッパリと言い切るようにして、改めてこの社会を見つめよう。そんな講演をすることにした。

今年の認知症ケア学会のテーマは、「いつもどおりの生活と認知症を考える」である。
日常の言葉で描くこのテーマは眺めるほどにその意味は深い。
この標語は、「いつもどおりの生活」と「認知症」の間をいささかの段差なく並列させている。
「認知症の人のために、いつも通りの生活を考える」ではないのだ。
ここにあるのは私たちという「じぶんごと」への改めての問いかけである。コロナの時代の私たちへの問いかけだ。

静かな語り口のようにして、「いつもどおりの生活」と「認知症」というものを連結させ、もしもそこに段差があり、懸隔(けんかく)があるとするなら、それは認知症ケアの不全であり不在のせいではないか、といった認知症ケア学会としての厳しい自己検証までもが読み取れる。

そしてまた、このテーマはこの新型コロナウイルスの日々の中でより切実に響く。
コロナの日々で、私たちの「いつもどおりの生活」は収奪された。しかし、「認知症の人」が診断された途端に奪われたのも、その人のそれまでの「いつもどおりの生活」なのである。

ここで、社会と認知症の位相は逆転し、先行者である認知症の人の経験を社会の側が学ぶことで、ともに「いつもどおりの生活」へ回復できる。そのような今年のケア学会のテーマなのである。今年の学会はコロナの時代に正対しているというべきだろう。

「認知症の力」といっても何か特別な「正解」を与えてくれるわけではない。
認知症ケアに当たる専門職の多くが「認知症の人から学ぶ」という。それは概念的なものではなく、ケアの現場での誠実な実感であるに違いない。それは専門職の側に常に悩んだり葛藤したりする問題意識があり、それがある水位に達した時、不意に、認知症の人から「ああ、そうなのか」といった気づきを得るという。与えられた答えではない。自身の中に内包された問題意識のありかを点灯させる「気づき」なのである。
「認知症の力」とは、私たちの中の「気づき」を呼び起こす力だ。

社会の認知症観は、半世紀で大きく変貌した。
かつての「何もわからなくなった人」という世間からは隠されていた痴呆症の重い扉がようやく開かれ、医療の治す医療から支える医療への転換を促し、それはそのままケアの現場でのパーソンセンタードケアの実践の中で、認知症の患者から人へと変貌し、そして今、地域の隣人として私たちとともにある。

この半世紀で、痴呆という見えない存在から、私たちの地域の隣人とする人間存在までに変貌してきたことを思うと、そこにあるケアという大きな力に感動を覚えるほどである。認知症自体が変わったわけではない。社会の側、人々のまなざしが変わったのである。
医療には治せない病はあるが、ケアには、ケアできない病はない。

認知症ケアの社会化、ということを私は考えている。
認知症ケアの力は今地域社会の活動やまちづくり、在宅などの医療にも注ぎ込まれ、老いてゆくこの社会を支えている。認知症ケアは社会化している。
認知症をケアするのではない。認知症が社会をケアする。認知症の力。

私の講演が終わって、座長の繁田雅弘さんとのトークセッション。繁田さんは、まずは私の講演を聞いた上で、そこで感じたことをぶつけたいとほとんど打合せなし。温厚だけど硬骨の人だ。

ビシバシとやりとりをして、終わるや今度は繁田さんは、平塚のシゲタ・ハウスで認知症当事者とのセッションがあるとタクシーに乗り込み、風のように去って行った。
あとには、6月の空に「認知症の力」が輝いた。

|第178回 2021.6.9|

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