かつて「治す薬がない」とされてきた認知症ですが、今ではその進行を緩やかにし、本人らしい生活を支えるための薬が複数使えるようになっています。中でも最も患者数が多いのがアルツハイマー型認知症で、全体の6割以上を占めています。このタイプに対しては、現在4種類の治療薬が用いられています。
1999年、日本で初めて認可されたのが塩酸ドネペジル(商品名:アリセプトなど)です。アルツハイマー型認知症では、記憶や判断に関わる神経伝達物質「アセチルコリン」が脳内で減少していきますが、この薬はその分解を防ぎ、脳の働きを支える役割を果たします。飲み続けるうちに徐々に効果は弱まることもありますが、「表情が明るくなった」「以前よりも会話に反応が見られるようになった」といった変化に気づくご家族も多く、薬がもたらすのは単なる症状の抑制だけではありません。生活への意欲や前向きな気持ちが引き出されることで、本人の内面の充実や、介護する家族の心の余裕にもつながっていきます。
その後2011年には、ガランタミン(商品名:レミニール)、リバスチグミン(同:イクセロンパッチ/リバスチグミンパッチ)、メマンチン(同:メマリー)という3つの薬が新たに登場しました。ガランタミンとリバスチグミンは、いずれも塩酸ドネペジルと同じくアセチルコリンの働きを助ける薬ですが、作用するポイントがそれぞれ異なるため、個々の症状や体質に応じて選ばれます。特にリバスチグミンは貼り薬で、ゆるやかに薬効を発揮するため、内服薬が難しい方にも使いやすく、吐き気などの副作用も比較的少ないという利点があります。
一方、メマンチンはこれらとは異なるしくみで働く薬です。アルツハイマー型認知症が進行すると、脳内ではグルタミン酸という物質が過剰に働き、神経細胞を傷つけることがあります。メマンチンはこの過剰なグルタミン酸の作用を穏やかに抑えることで、認知機能や日常生活動作を改善し、気持ちの落ち着きも助けてくれます。中等度から重度の症状に対応する薬として、大切な選択肢のひとつです。
ただし、これらの薬はすぐに効果を実感できるものではなく、慎重に少しずつ量を調整しながら使っていきます。副作用が出ることもありますし、自己判断で服用をやめると、かえって急激に症状が悪化する危険もあります。服薬は医師の指示のもとで、ご家族が丁寧にサポートしていくことが大切です。
薬は「すべてを解決する魔法」ではありませんが、本人の心に灯をともす力を持っています。そしてその灯を絶やさぬように、薬とともに歩む日々を、家族や支援者が優しく見守り続けることこそが、認知症とともに生きる希望の道しるべになるのです。