音楽療法が脳を活性化させる

なじみのある歌を口ずさんだり、手拍子や簡単な楽器を鳴らしたり――音楽には、人の心と体に働きかける大きな力があります。「音楽療法」は、そんな音楽の力を活かして、心を整え、脳をやさしく刺激するリハビリテーションの一つです。今では、多くの認知症ケアの現場で取り入れられ、笑顔の時間を増やすお手伝いをしています。

歌を歌うと、呼吸が深くなり、自然と気分も明るくなります。タンバリンやカスタネットを鳴らすリズムに合わせて体を動かすことは、運動のリハビリにもつながります。こうした活動を通じて脳が活性化し、さらに音楽がもたらす癒しの効果によって、食欲が出たり、夜ぐっすり眠れたり、表情がやわらいだりと、日々の生活にうれしい変化があらわれてきます。

とくに、昔なじんだ歌には不思議な力があります。子どものころに歌った童謡や、青春時代に流行した歌謡曲などを耳にすると、ふと当時の記憶がよみがえり、思い出とともに感情も動き出します。これは、音楽が記憶と深く結びついているからです。音楽療法は、まさに「記憶の扉をそっと開けるカギ」となるのです。

音楽療法の起源は、第一次世界大戦で傷ついた兵士たちの心を癒すために、アメリカで始まったと言われています。それ以来、認知症に限らず、パーキンソン病や統合失調症、さらには終末期医療の現場でも広く用いられるようになりました。

施設では、音楽療法士が一人ひとりの好みや状態に合わせて、選曲や進め方を工夫してプログラムを組んでいます。たとえば、穏やかな曲で気持ちを落ち着かせたり、みんなで輪になって歌うことで社会性を育んだりと、音楽を通じたつながりが生まれる場にもなっています。

家庭でも、難しい準備はいりません。好きな歌を一緒に聴いたり、カラオケで思いきり声を出して歌ってみたりするだけで、十分に脳は刺激を受け、心にもやさしい時間が訪れます。大切なのは、「これが正しいやり方」ではなく、「この音楽が、この人にとって、心地よいかどうか」です。

歌は、心の奥にある「その人らしさ」を思い出させてくれます。日々の暮らしの中に音楽の時間を少し取り入れてみることで、認知症とともに歩む日々が、より豊かであたたかいものになりますように。