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渡された「バトン」

コラム町永 俊雄

▲ 4月30日、大阪ビジネスパークでのNHKハートフォーラム「当事者と創る新時代」。丹野智文、クリスティーン・ブライデン、ポール・ブライデン、ジェームズ・マキロップ、ケイト・スワファー、粟田主一、永田久美子各氏。世界の認知症リーダーが語り合う類まれな機会だった。(撮影 石原哲郎氏)

「あ、それが私の言いたかったことなんです!」
丹野智文さんが、席から飛び上がるようにして言った。会場が沸いた。
丹野智文さんが反応したのは、オーストラリアのケイト・スワファーさんの発言だった。
「認知症の診断以前では、誰の暮らしでもそれなりのリスクは負っていたはずよ。でも診断されると、なぜリスクの全くない暮らしになってしまうの」
これは4月30日に大阪ビジネスパークで開かれたNHKハートフォーラムでの一コマ。世界のリーダーとして活躍している各国の認知症の当事者同士が話し合うフォーラムだった。仙台から参加した認知症当事者の丹野智文さんは、「自立」について力強く述べていた。「自分らしい暮らしというのは自分で決めて初めて可能になる。でも何かやりたいと周囲の人に提案してもいつも何かあったらその責任は誰が取るのか、というところで先に進まない。何かあったらその責任は自分が取る。でも・・・ええっと、なにを言おうとしていたのかなあ」
そこでケイトさんが丹野さんを受けて先程の発言となったのである。ケイト・スワファーさんは、国際認知症同盟(DAI)を結成したひとりで、世界に認知症の人の人権を尊重することを呼びかけている。ケイトさんによれば、認知症の人は診断された途端にくらしの中のあたりまえの「権利」の一切を奪われてしまう。そのケイトさんにしてみれば、くらしの中のリスクを負うこともまた自立する自分のあたりまえの「権利」なのである。
診断されて22年、何度も来日して日本の認知症状況を確かに動かしたクリスティーン・ブライデンさんが、小さく指を立てて発言の意思を示した。
「リスクを負うことはたしかに大変。でもリスクを取ることで得る恩恵もあるのです」発言して、隣のポールさんと顔を合わせて微笑む。絶望の淵から希望を掴み取ろうと歩んできたクリスティーンにとっては、希望は天から舞い降りてくるものではなく、自身がリスクを負う中でつかみ取ったものだ。ケイトさんが頷き、丹野さんが納得の笑顔になり、見れば聴衆の多くもまた、深く頷いている。ここに展開されている光景をどう言えばいいのだろう。これは「認知症」の話か。それを突き抜けて誰もが「人間」と「社会」の普遍のあり様を、自身の体験と言葉で語り合っている。誰もが「語るべきこと」があり、「語るべき言葉と力」を持っていた。
世界の当事者たちは(もちろん、ここには丹野さんも含まれる)刻み込むようなたくさんの言葉を発信した。不思議な感覚が起こった。満員の聴衆と何かが共鳴しているのである。その共鳴がまた当事者を響かせて発言に繋がったような気がする。政治家が施策を語るのではない。医療者が、支援団体が語るのではない。当事者が語り合うということは、こういうことなのか。それを誰もが目撃した。具体的なソリューションを示したわけではない。頑張りましょうという言葉もなかった。でもそこには「思い」があった。「思い」は「力」になる。「仲間」がいれば。

聴いた誰もが、この「思い」を簡単に言葉にすることをためらった。「いい話だった」と言った途端にこぼれ落ちてしまうような手に余る質量だった。どう受け止めるか、まずは自分の中を覗き込むしかなかった。
クリスティーンさんは、「思い」を託したバトンをリレーすると言う。バトンは私たちに渡された。それぞれが手にした「バトン」を視つめ、今、静かな決意の中にいるのだろう。

▲ 26日からの京都でのADIに参加した「認知症フォーラムドットコム」のブース。各国の当事者も訪れて賑わった。動画上映が人気だった。

|第45回 2017.5.10|

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