町永 俊雄 記事一覧
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がんと共に歩む人とサードプレイス 〜「マギーズ東京」で考えたこと〜
コラムサードプレイスという言葉がある。直訳すれば第三の場所、ということになるが、ま、何も難しい概念ではない。家庭や職場以外の第三の心地よい居場所がサードプレイスである。
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丹野智文「働く」を語る 〜認知症当事者勉強会の報告〜
コラム1月21日に三鷹駅前コミュニティーセンターで、認知症当事者勉強会が開かれた。会場は、まさにコミュティ、地域のためのセンターで、ここでは男性の料理教室や子どもたちが参加するイベントやコーラスなどの練習に使われていて、私が勉強会に訪れたときにもボイス・トレーニングの講習などが開かれて参加者の女性陣がにぎやかに集まっていた。
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君たちに何を伝えるか 〜成人の日に寄せて〜
コラム成人が18歳からとなって初めての成人式が行われた。とはいっても、「20歳を祝う会」とするところも多く、18歳の成人式というのは少なかった。
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よい年になりますように 〜福祉を発信する私たち〜
コラムみなさん、明けましておめでとうございます。本年も、良い年になりますように。例年の決まり文句である。でも、決まり文句というのは、ある意味で長い歳月の中で洗い晒されて生き残った言葉だから、なにかの言霊を宿しているに違いない。
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2022「認知症とともに生きるまち大賞」一挙掲載
コラム2022年の「認知症とともに生きるまち大賞」が決定した。コロナ禍の中、今年の応募団体はこれまでになく少なかった。今年の受賞は4団体だ。しかし、その応募内容を知るほどに、ここには「ともに生きる」社会への本質的な問い直しが込められている。地域とは何か。
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「まちづくり」とはどういうことか 〜「認知症とともに生きるまち大賞」に寄せて〜
コラム今年もNHK厚生文化事業団の「認知症とともに生きるまち大賞」の受賞団体が決まった。その詳細はNHK厚生文化事業団のHPに掲載されており、またNHK Eテレのハートネットテレビでも放送の予定なので、全体はそちらに譲るとして、このコラムでは、このコロナの事態に改めてこの「まち大賞」が何を問いかけ、何を引き受けようとしているのかを見つめてみたい。
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ボランティアという未来
コラム新型コロナウイルスもまた新たな感染拡大の懸念も言われ、師走となって気ぜわしい中でただ気分だけが右往左往している。ここで深呼吸するようにして、さてこれからのこの社会をどうすればいいのか。
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認知症学のススメ
コラム秋が日毎に深まって庭の木々の葉が散っていく。ふと、「認知症学」といったものを提唱できないだろうか、そんなふうに思ったりする。
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障害とは何か 〜映画「桜色の風が咲く」を観て〜
コラム「桜色の風が咲く」という映画を観た。9才で失明、18才で聴力を失った盲ろうの大学教授の福島智さんと、ひたすらに彼を支えともに生きたその母・令子さんとの実話をもとにした物語である。
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八王子「eまちサミット」〜いのち育むまちづくりを見る〜
コラム11月3日の文化の日、八王子で「懐かしい未来」を語り合うような、そんなイベントが開かれた。これまでの未来社会といえば、20世紀の科学主義の中、ロボットと空飛ぶ自動車と空中都市といった風に常に新奇なもの、まだ見ぬもので描かれた科学の想像図でしかなかった。
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言葉としての、私の認知症考
コラム最近、「認知症のある人」という書き方をすることがある。もちろん、「認知症の人」と記すことも多い。どちらかに決めているわけではない。
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「認知症革命」はその後、どうなったのか
コラム「マチナガさん、確か以前に認知症革命とか言ってましたよね」仲間との勉強会で、あるメンバーからそう言われた。議論の流れの中で、彼が「これは革命だな」と言ったことに対して、そう安易に革命という単語を使っていいのか、というようなことをつぶやいた私への反問だった。
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「スローショッピング」はいかにして生まれたのか
コラム「スローショッピング」という取り組みをご存知だろうか。認知症のある人が自分自身で買い物ができるように、地元のスーパーや地域の人々がバリアフリーの取り組みをすることで、人や地域が大きく変貌した注目のまちづくりだ。
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認知症の市民向けセミナーは、本当は難しさに溢れている
コラム9月はアルツハイマー月間ということで、認知症関連のイベントのひとつのウエビナー、「共に生きる・認知症を考えるセミナー」に参加した。
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深夜に開店する小さな認知症カフェ
コラム深夜、日付が変わる頃に開店する小さな認知症カフェがある。夜も更けた頃、女性オーナーがひとりで切り盛りするそのカフェに、ゲストがふらりとやってくる。認知症カフェである以上、認知症に関わる多彩な人が訪れる。
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夏の終わりに、人生という四季を思ったりして…
コラム今年の梅雨明けを気象庁が、過去にないほど大幅に修正した。関東は6月の末に梅雨明けとされていたのが、「すまん、実は7月23日頃だったことにする(こんなふうにいいかげんに言ったわけではないが)」と、一ト月近くずらして修正したわけで、これほどの大幅な修正は過去になかった。
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「自分ごと」とはどういうことか 〜シンパシーからエンパシーへ〜
コラムコロナの日々というのは、積極的な活動に制限がかかる分、どこかこれまでの取り組みや自分自身を振りかえると言った内省の時間を誰もが持ち、それはこれまで前のめりに突っ走ってきた社会を一旦立ち止まらせる体験につながったのかもしれない。
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丹野智文の「ロンドンADI報告会」に参加する
コラム丹野智文を読み解く、といったことがこれから大切になるだろう。たとえば、彼が決まって使う「笑顔で生きる」であっても、そのソフトな言い回しと彼の人柄が反映して、聴く側もついニコニコと笑顔になってうなずく。
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デンジャーとリスク、コロナとの共生を考える
コラムこの稿を記している時点では、新型コロナウイルスの爆発的な第7波が続いていて、この先どうなるのか誰にも確かなことは言えない。
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秋田の地域ミーティングがもたらした「成功」とは
コラム秋田で地域ミーティングを開いた。コロナの日々でどうしても停滞していた地域がこれからどう動くか。どうあったらいいのか。コロナに覆い隠されていた課題をどう見つめ直すか。