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2024年を認知症基本法が拓く 〜1月1日基本法施行〜

コラム町永 俊雄

▲初日の出というのは、新しく生まれることへの願い、祈り、決意などさまざまな人々の想いで輝く。皆様にとって良い年になりますように。そして、本年もよろしくお願いします。
人古く 年あたらしく めでたけれ  山口青邨

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

新しい年が明けましたね。やはり新年というのはどこか改まった気分になるものです。変わらない時の流れのどこかで区切りをつけ一旦立ち止まり、辺りを眺め、そこから新しい一歩を歩み出すというのは、時代を推しすすめるための私たちの暮らしの叡智なのでしょう。

そして、今年2024年は、「認知症」の大転換の年となります。
新しい年、新しい時代は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」から始まったのです。この1月1日に、認知症基本法が施行されました。去年6月14日に成立した基本法は、今年元日に施行、私たちの現実に効力を持ちます。

「認知症」が新しい時代の扉を開いたのです。今年2024年が、認知症基本法の施行から幕を開けたのは、この社会にとって象徴的なことだと私は思います。

法律の施行とはその法律の効力を発生させることですから、ここからはまず、国が基本計画を策定することになります。基本法では、それは認知症と生きる人や家族たちで構成する関係者会議で、そうした人々の意見を聞くこととされています。当事者の声がどのように反映されるのでしょう。

私が今年が、認知症のみならずこの社会の大転換の年になるというのは、基本法がこれまでの政策変更の次元を突き抜けたものである、と思うからです。
これまで認知症施策の大転換とされたのは、「認知症国家戦略」といわれた2015年の新オレンジプラン・認知症施策推進総合戦略でした。
そこで打ち出されたのが「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて」とする標題で、この総合戦略は、それまでの「対策」偏重を転換させ、その後の「認知症とともに生きる」とする共生社会の萌芽となったのです。が、でもやはりどこか、認知症の人のための社会の「やさしさ」をアテにしていたところがありました。

対して、今年新しい年とともに動き出したのが、この基本法の「共生社会の実現」です。
「認知症にやさしい地域づくり」から「共生社会の実現」へ。
この認知症基本法は一気に大きな普遍の社会像に描き直したのです。

「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」、改めてこの法律のタイトルをながめれば、その最初に「共生社会」とあって、その実現を推進するためにここに認知症基本法を定める、という語り口になっています。
まず、共生社会という誰にとっても目指すべき社会を提示し、しかも、その実現のための原動力として「認知症」を置いたのです。逆に辿れば、「認知症」に依拠することで共生社会が実現すると規定したことになります。「認知症を」考えましょう、が、「認知症から」考えましょう、という大逆転です。

ではそのあたりは条文に分け入るとどう記されているのか。
お正月早々、いささか胃にもたれるかもしれませんが、ここでもう一度この認知症基本法の冒頭を読んでみましょう。すみませんね。おつきあいのほど。
認知症基本法の第一条、この法律の目的にはこう記されています。

「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、(中略)もって認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(以下「共生社会」という。)の実現を推進することを目的とする」

いかがでしょう。
基本法の性格からして読み取る一人ひとりの解釈が大切だと思うので、大枠のところを言えば、共生社会の実現の主体は誰か、ということが明記されています。
それは、認知症の人を含めた「私たち」ということです。国民一人一人とする主語は、そのまま「私たち」と置き換えられます。

「私たちがその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会の実現を推進する」

どうです。何か改めて「自分ごと」へのズシリとした責務であり問いかけのようです。
でもね、それは重荷に感じることではありません。それは私たちが積み上げた成果だからです。
認知症を生きる人たちの発信を受け、その希望を聴き取り、認知症にやさしい地域づくりを手掛け、ともに生きる社会へとここまで社会を動かしてきたのは、あなた方なのです。

これまで地域社会で何が起きてきたのか。
たとえば、10年以上前、街の一角に子供食堂ができました。今やどの地域にも認知症カフェが賑わいを見せています。認知症の当事者の本人ミーティングも増えています。公立図書館は大きく認知症を生きる人たちへ開かれています。「認知症とともに生きるまち大賞」もすっかり定着しました。
さらに視野を広げれば、過疎の地に都会からの若い人々がやってきたりする関係人口が目立つようになっています。空き家の利用、耕作放棄地での起業、などなど、数え上げればキリがないほどです。

そしてどの取り組みも自律的であり、地域特性の中で変化しています。子ども食堂でも、認知症を生きる高齢者が料理に腕を振るうところが数多くあれば、居場所も以前は、認知症の人のための限定的な居場所が、今や街の至る所が、誰ものあたりまえの居場所となっています。

社会は変わりつつあるのです。いや、私たちが社会を変えつつあるのです。
その主体は生活者と呼ばれる地域の人々です。彼ら彼女たちの暮らしの中で育んだ一番確かな福祉力が発揮され、小さな、しかし確かな変化をもたらしています。日常の中の小さな変化の連続は目立つことはありません。しかし、気がつけば一等確かな変革をもたらしているのです。
ともに生きる社会、共生社会は、すでに芽生え、枝葉を広げ確かな風景となっています。

しかし、こうした地域社会での福祉の発信者である生活者は、「共生社会とは」というところから発想しません。自分の暮らしのつらさや困難を踏まえた上で、どうすればいいのかを探り当てているのです。
生活者が手がけるのは、「より良い社会」を目指すという立派な既成の感覚ではありません。言ってみれば「よりマシな社会」を探り合っています。
「よりマシな社会」とは成果主義や能力主義から逃れての感覚のゆるさで、「こっちの方がいいよね」とか「お互い様だからね」といった互いの価値観のすり合わせが、手の届く「よりマシな」、そして誰にも受け入れられる多様なコミュニティを創ります。
たぶん、「よりマシな社会」ってかなり居心地がいいですよ。

私たちが共生社会の実現を語る時、よくこんなふうに言われます。
ここは誰もが心をひとつにして精一杯力を合わせて頑張りましょう、と。
こんなふうに言われるとどうでしょう。心が奮い立ちますか。私はこうした説得させようという正論は、実は苦手です。

社会が変わるというのは、実は怯えを伴います。明日が今日と同じように訪れること、変わりない日常が保証されているのが、実は福祉でもあるのです。

変化は外から来れば脅威ですが、私たちの中の想いから生まれれば、希望です。
誰もが力を合わせましょう、と、認知症基本法を語るときにはよく言われそうですが、実はそこには、私たちの共生社会とは相容れない危うさが仕込まれています。

心をひとつにして精一杯力を合わせよう、と言った総動員的な発想というのは、メンバー誰もが同質の賛意を持っていることを前提にしています。
でも共生社会というのは、条文第一条にもあるように「相互に人格と個性を尊重しつつ」実現するわけですから、みんないろいろでいいということになりませんか。そもそも、共生社会とは、みんないろいろ、の社会です。
それを一気にみんなの総意で作りましょうというのは効率的ではあっても、すでに共生社会ではなくなります。

共生社会には、「よりマシな社会」でいいとする生活者の感覚が必要なのです。それなら脅威ではなく、希望につながります。
実を言えば、「より良い社会」と「よりマシな社会」って、おんなじことです。言葉の響きの違いだけで、「より良い社会」というのは誰かから与えてもらう社会で、「よりマシな社会」とは、自分たちの生活感覚の実感から生み出す自分たちの社会です。

いろいろな考えの持ち主が語り合い、ぶつかり合い、失敗もしながら、小さく小さく進ませる共生の社会は、手間や時間はかかっても誰にとっても確かな「よりマシな(つまり、より良い)」社会に近づく、私はそう思います。

認知症と生きる人は、診断されて以降、「あるべき自分」という呪縛から解き放されて、他人とのつながりの中で生き生きとした「よりマシな」自分を絶えず更新しながら、社会の中を歩んできたのではないでしょうか。

共生社会の実現のためには、この社会のさまざまな局面を変革しなければなりません。でも同時に私たち自身も変わらねばならないのです。しかし、それは自分を否定することではありません。自分を肯定できるように、何かどこかを誰かとともに変えていくことだろうと思います。

それが認知症基本法に向き合う私たちの役割です。
小さな力を持ち寄って、小さな歩みを合わせ、小さきものの声を聴き、声をあげ続ける。よりマシな社会はきっと届くところにあります。
新年のひととき、認知症基本法にあらためて目を通しながら、そんなことを考えています。

※このコラムは旧年の暮れに執筆したものです。

|第268回 2024.1.5|

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