▲津山の地域ミーティングでは、まず、私と丹野智文さん、山中しのぶさんとの鼎談があった。グループミーティングには山中しのぶさんも丹野智文さんも加わった。「こんなに自分の地域のことを自分たちで語り合ったのは、初めてよ」という参加者の声が印象的だった。
岡山県津山市で地域ミーティングを開いた。
津山市は岡山県第3の規模の市で、津山城址のある城下町の佇まい、古くからの文化都市である。
地域ミーティングの準備に前日に津山に入ったのだが、どこか夕食のいいところありませんかとスタッフが地元の人に聞くと誰もが、津山なら肉ですよ、とほぼ断言する。
聞けば、津山は江戸時代から肉食が認められていたそうである。作州牛の特産地であったことが関係しているらしい。
そう言えば焼肉屋がやたら多い。
名物がホルモンうどんだそうで、これはホテルの朝食ビュッフェにも登場するし、津山市の観光プロモーションは、なんと、「幸せホルモンあふれる旅。津山市」というものだ。一体どんな旅なのだろう。
でもせっかくなのでスタッフ一同、人気店の焼肉に舌鼓を打った。今まで食したことのない部位の肉など堪能。ホルモンうどんは、残念、食べる機会がなかった。
話が横道に逸れた。
地域ミーティングである。
この地域ミーティングは、あのコロナの日々に全国各地域が閉じ込められたような状態になった時、なにかできないかとNHK厚生文化事業団の仲間と話し合って生まれた企画だった。
何か特別のことをするのではなくまずは地域の人々と徹底的に話し合おうという極めてシンプルな仕掛けだった。ところがこれが思いもかけない手応えがあり、これは全国で開こうということになって、今回の津山の、幸せホルモンあふれるミーティング(?)となったわけ。
私たちメディアの側は地域を語るときに、すぐ高齢化率や人口減少や産業衰退、財政課題といった課題性から説きおこし、そのソリューションを提示しようとする。しかし、それはそこに住む人々の思いや声や暮らしの中の喜びといったものを封じ込み、課題性の被害者とし、彼らの主体を後回しにしてしまう。あるいは、地域の住民が主人公です、とよく行政者は胸張って語るが、その主人公の生の声をどれだけ耳にしているのか。
地域福祉であれ社会福祉であれ、「福祉」という看板を掲げるとその途端に、その地域の住民はたちまち福祉のエンドユーザーと位置付けられる。あるいはメディアの発する情報は常に住民が受け手であることを前提に発信される。
そうではなく、地域住民というのは、地域の福祉の発信者なのである。情報の受け手ではなく、暮らしの中できめ細かく編み上げた地域の福祉情報の発信者なのである。地域を創り拓く力は、暮らしの主人公の住民の側にある。
「認知症とともに生きるまちについてみんなで語り合おう」という津山での地域ミーティングは大盛況だった。
百人近くが参加したのだ。本音で言えばあまりたくさんの参加者だと、小人数でとことん語り合うというグループでの語り合いが難しくなるのだが、まあこれは、ミーティングの前に丹野智文さんと高知の山中しのぶさんにも来てもらい、「私たちが思い描く、認知症とともに生きるまち」という鼎談をすることになっていたので、参加者が増えるのは織り込み済み。結局全部で11グループで会場いっぱいになった。
しかし、丹野さん、山中さんが参加した意味合いは大きい。というのは、認知症については当事者発信が盛んになった反面、どうしても当事者の話を聴くだけで終わってしまう。それはともすれば、「いい話だったなあ」という自分の中だけで終わってしまい、本当の「聴くこと」にはなっていない。聴くことは受け身ではなく、聞いたことによって自分を捉え直したり、一歩を踏み出したり、誰かとつながり関わる双方向が生まれて初めて、「聴いたこと」になるのである。
グループミーティングは、津山の美作大学のラーニング・コモンズ(自律的な学習で知識の創造を促す、新しいスタイルの図書館の学習空間)を会場に始まった。
ひとつのグループが7人から10人くらい。ここに初めて会う様々な職種や世代、地域の人が集まって語りあうのである。グループごとに簡単な自己紹介が始まった時点で、ここにインクルーシブな共生社会の姿がくっきりと立ち上がっている。
地域で語り合いの場はいくつもある。しかしそれはいつも「高齢者の集い」であったり、「認知症の人と家族のカフェ」であったり、「専門職の勉強会」であったりする。
もちろん、そのそれぞれは大切な役割を持っている。しかし地域の暮らしというのは、多くの雑多な人々の集合なのである。ところが福祉となると、その地域を細分し、年齢や疾患や環境で区分けして支援を組み立てる。これも大切なことだと思う。だが、人々は人と関わることで自分の暮らしを生きている。地域とはそういう舞台だ。ともに生きるとは多様な生き方が混じり合うことだ。
今回のグループミーティングには多くの認知症当事者も参加した。
高齢の認知症のある人に、「お仕事は何をしていたのですか」とある人が聞いた。その人はしばし考えるようにしてから話し始めた。かつての仕事を尋ねたのに、どうも話は戦争中のことを話しているようだ。その話は延々と続いた。
でもグループのメンバーはじっとしっかりと聞き続けていた。お仕事は?という質問から、戦争中のことになっていくのはどうしてだろう。そのつらく困難な体験が、何か自分の仕事と結びついているのかもしれない。
多分、そんなふうに思って誰もがその人の戦争中の話に耳を傾けた。
だいぶ時間がたって、さすがにファシリテーターの人が、「他の人の話も聞きましょうか」とやんわりと方向転換をしたのだが、誰もがその人の話に、認知症のある人のリアルを聞き取ったに違いない。
その認知症のある人は、一番大切な、伝えたいことを話したのだ。だとすれば、人々はその人の認知症の向こうの、その人自身のこれまでの人生におぼろげであったが、出会ったことになる。それが「聴くこと」だ。
今回の津山のグループミーティングでぜひ言っておきたいのが、若い人の参加が多かったことだ。認知症のことも地域のことも、実は若い世代に関わってもらうことが今一番必要なことだ。
次の世代に課題を順送りするのではなく、希望を手渡すのが私たちの世代責任だし、丹野さんや山中さん、そして会場の認知症のある人の思いだろう。私たちはあなた方の負担でありたくはない。私たちの存在が、あなたたちの担う社会の未来を拓くことになればいい。だからともに語ろう。ともに生きよう、と。
だから、どこのグループにも美作大学の福祉を学ぶ学生が参加している。不思議なことに若い人が入ると、語り合いはとても生き生きとそして深くなる。この人たちに伝えたい、伝えなければといった切実な思いで、誰もが自分の言葉で自分の思いを心込めて語り始めるのかもしれない。
ミーティングには、中学2年の女子と、小学生の男子も参加していた。
口には出さないけれど、参加者誰もがそれが嬉しくてならない。自分たちの暮らしと命を受け継ぐ若葉のような命が隣で輝いている。それは地域のかけがえのない希望だ。
2年生の女子中学生は、おじいちゃんが認知症の当事者だ。おばあちゃんとお母さんと一緒に来た。聞くと、「お母さんに行ってみないと言われたから」とはにかむ。よく来てくれた。何でこんなに嬉しく心強いのだろう。よく来てくれた。
小学生の男の子は、グループの1時間もの語り合いの間ずっと、固いパイプ椅子に座って大人たちの話し合いを聴いていた。参加者の地域包括支援センターの男性は、その男の子に、「ずっといてくれてとても嬉しい」と声をかけながら、今地域では子供会すら成り立たなくなろうとしている厳しい現実を語るのである。それはひとりの小学生のまなざしに大人たちが問われている感覚だったのかもしれない。
この子らにこころ豊かな地域を手渡すために、今私たちはここにいるのではないのか。
グループの誰もが、小さくうなずくようにしたり、自分の組んだ両手を見つめながら、そのことを思っているようだった。
このミーティングは、いわゆる専門性で組み立てられたワークショップとはいささか雰囲気が変わっていて、何かの成果や目的を据えているわけではない。地域の人が集い、何を語ってもいいし、そこに聴く人がいるというかつての地域社会の原型から生まれている。
ミーティングでは、涙、涙で目をぬぐい続けている人もいれば、笑い声がはじけるグループもあり、誰もが、「初めて会った知らない人とこんなふうに話せてよかった。とても楽しかった」と語る。これはすでに住民同士のピア・サポートだ。
「認知症とともに生きるまち」を語り合おう、というこのミーティング、その語り合いは認知症にとどまらず、地域へ広がり、自分の内面を語り、そして子供たちの未来をも語り合ったのである。
それは認知症とともに生きることの着実な歩みではなかったか。それこそが認知症を「自分ごと」として捉えたから語り合えたことかもしれない。
「認知症とともに生きるまち」地域ミーティング。次はあなたのまちへ。
付記: 津山の地域ミーティングの盛況は、実は多くの地域のNPOや社会福祉法人の協力があったからだ。とりわけ、美しいキャンパスのホールを会場に提供し、実施に至るまでを福祉を学ぶ学生とともに担ってくれた美作大学生活科学部の堀川涼子教授と、岡山の若年性認知症サポートセンター「はるそら」の代表、多田美佳さんは企画段階から知恵を出し、当日は多くの認知症の当事者とともに参加してくれた。それは地域の主人公、当事者としての協力であったろう。ここに深く感謝するものである。
▲ミーティング終わって。上段は、左から町永氏、山中しのぶさん、新生寿会ありすの杜・宮本憲男さん、若年性認知症サポートセンター「はるそら」代表・多田美佳さん、丹野智文さん、美作大学教授・堀川涼子さん、司会の津山市役所健康増進課の安本勝博さん。下段は「はるそら」の当事者やその家族、支援者の皆さん。真ん中に中学生と小学生の私たちの未来がピースサイン。
|第257回 2023.9.14|