認知症EYES独自視点のニュース解説とコラム
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イギリス認知症事情

コラム町永 俊雄

日々のメディアに「認知症」が登場するのは、どうしても施策関連か、あるいは社会面の事件性ある出来事だったりする。しかし、実は今、これからの認知症社会に繋がるような大きな動きが世界のあちこちで始まっている。それはまだ水面下で、ほとんど報じられることなく関係者の中の話し合いが重ねられている段階だが、そうした潮流をウォッチングしておくことも必要だ。

前回のコラムでも記したように6月から当事者や研究者を中心として日本と英国の間で認知症をめぐる交流が始まっている。これは政策などの官の動きというより当事者ニーズからの研究者の、民の動き、と言える点でも注目したい。
その仲立ちをしたのが、ロンドン大学キングスカレッジの老年学研究所の林真由美研究員だ。林さんとは以前にイギリスの認知症国家戦略を取材した時にお世話になった(このドットコムでも海外取材特集となっている)。その林さんにも認知症のイギリス事情を報告してもらった。
林さんの報告によると、イギリスではアルツハイマー協会の助成を受ける研究は(つまりイギリス認知症研究のかなりと言っていいだろう)、そのすべての過程に認知症の当事者が参画することが確立されているのだという。あらかじめ「研究ネットワーク」に認知症当事者とボランティアの介護者250人が登録されており、林さんがまず研究の素案を提出すると、40人余りもの当事者の意見や質問が寄せられたという。考えてみるまでもなく、これは画期的なことだ。実際林さん自身も当初は戸惑いもあったし、時間や手間もかかったという。残念ながら研究助成そのものは不採択という結果だったと林さんは笑顔で話したあと、ちょっと表情を引き締めてこう続けた。
「こうした当事者の声や対話によって、研究者としての私が変わりました。転機だったと思います。それは『研究者でありつつ当事者である』という視点を絶えず磨くことになったのです」

日本でも各地で認知症当事者が地域施策に関わるようになっている。新オレンジプランにも当事者参画は謳われている。でも、林さんの報告のイギリスの当事者参画は、どうも次元が違う。
そもそも研究者のあり方が違う。アカデミアの場に閉じこもっての研究など、少なくともイギリスの「認知症研究」にはありえない。実際林さんを始め、研究者は常に当事者に関わり、同時に各国の認知症の人を中心に置いた研究機関をめまぐるしく行き来している。そこにあるスタイルはまさに「研究者でありつつ、当事者である」という行動規範なのだろう。

言うまでもなくあちらが優れていて日本が遅れているということでは毛頭ない。「認知症」はすでに一国内の課題ではない。各国の認知症の研究者、支援者、当事者、NGOなどが市民レベルで多様な視点から「認知症とともにある社会」への議論と提言を行ない集っている。
世界一の認知症社会、日本の参加が求められているのだと思う。

▲ ロンドン大学キングス・カレッジの林真由美研究員と町永俊雄氏

|第30回 2016.6.30|