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「介護のシゴト」と生産性

コラム町永 俊雄

 

川崎の老人ホームでの殺人事件の衝撃は大きい。最も安心のくらしの場であるべき介護の現場になぜこんなことが起きたのか。元職員の重大犯罪にとどまらず施設の責任も当然追求されなければならない。同時にその背景にある介護の現場の構造的な課題に根本的にどう向き合うのか。

今年1月、厚労省は「介護のシゴト魅力向上懇談会」を起ち上げた。これは政府がまとめる「一億総活躍プラン」に反映されるもので、一億総活躍の社会には「介護」の課題は避けられない。働き盛りのサラリーマンの「介護離職ゼロ」を目指すなら、その受け皿たる「介護のシゴト」を抜本的に捉え直そうというもの。私はその懇談会の座長を仰せつかっているが、懇談会では塩崎厚労大臣が「革命的発想でブレークスルーを」と挨拶した。メンバーには、福祉関係者だけでなく情報工学やロボット研究、ICT専門家も加わっているのが特徴だ。

早速会議には「生産性の向上」「標準化」「コスト構造とオペレーションマニュアル」といった言葉が飛び交う。およそこれまでの福祉関係者の会議では出てこなかった発想だろう。これは私にはなかなか新鮮だった。どうしても福祉関係者だけの議論だと発想の枠が限定的で、制度、処遇、人材不足といった現実課題の壁の前にトートロジー(堂々巡り)の議論に陥りがちである。

例えば「介護」のテーマで「生産性向上」「効率化」と切りだされたら、違和感なり反発を覚える福祉、介護関係者は少なくないはずだ。介護は人と向き合う中で、思いをくみ取り対応するものである以上、システムで「効率化」し「生産性」を図れる業務ではそもそもない、と。「介護は心」といったふうにともすれば情緒過多な曖昧な概念に貫かれてしまう介護の現場に、この会が何らかの変化をもたらす可能性はないだろうか。こうした場で異業種の、これまで接点のなかった業態の発想を聞き取ることは、むしろまさにブレークスルーするヒントにつながるかもしれない。

一つだけ報告すると、慶応大の神成准教授は環境情報学部と医学部を兼任しており、「人間行為に着目した生産性向上」と題する発表をした。私が注目したのは、これまでともすれば「経験則」の集積でしか介護の向上を語れなかったことをシステム分析したことだ。ごく大雑把に言えば、介護者、利用者によって個別である行為を、「気づき(状態把握)」「判断」「動作」と分割し、それを可視化、共有するというもの。介護の全体プロセスをシステムとしてとらえなおすことで、「良い介護」「悪い介護」といった結果だけでなく、介護現場の人と向き合う「気づき」からを取り込んだ解析システムの構築なのである。これは実際に各地の福祉施設で取り入れられ効果をあげているという。

もちろん懇談会全体の課題も多い。今言われている「当事者性」をどう担保するか。とりわけ認知症の人の支援、介護にどう応用可能なのか。在宅や地域での取り組みにどう生かすことが出来るのか。

懇談会は福祉関係者にも刺激的であるようだ。かなり以前なら「聴く耳持たない」といった反応も出たであろう議論を自分たちの現場にひきつけて接点を見出そうとする。介護の課題と日本の得意技のICT技術との融合。その姿勢が、この日本の閉塞を打ち破り、大きく言えば世界に比類の無い超高齢社会のあり方を示す「ジャパン・モデル」になり得るかもしれない。

介護を、福祉関係者だけでなく、いわば社会の総体で語り合う事自体が必要だ。「認知症にやさしい社会」というのが呼びかけだけの理念倒れでなく、確実な社会構造の変革に繋がるためにも、社会の様々な立場の人との広範な議論はもっとあっていいと思う。

| 第26回 2016.3.15 |