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「認知症」を伝える

コラム町永 俊雄

▲ 座談会の収録風景。参加者は右上から、香川の渡邊康平氏、名古屋の山田真由美氏、鳥取の藤田和子氏、集合写真の左が、仙台の丹野智文氏。 座談会は3時間に及んだ。ひとりひとりの講演とはひと味も二味も違った語り合いが魅力だ。

3月12日のNHKの『あさイチ』で「本人が語る認知症」というテーマで、佐世保の福田人志さんが出演していた。認知症の本人がテレビで、自分のこと、認知症のことを話す。そんな光景が当たり前になりつつあるのだな、と小さな感慨を覚える。静かで大きな変化が起きている。

『あさイチ』という番組は、朝の情報番組として生活者の実感を敏感に捉えて時代の鼓動につなげている。生活感覚と時代感覚が自然に巧みに織り込まれているところが視聴者の支持が高い理由だろう。

番組では佐世保での福田さんの「本人ミーティング」などの活動を映像で紹介した。認知症の本人同士が語り合い、和やかな笑いに包まれている。スタジオに切り替わると、タレントゲストが感想を言い合う。
「みんなとても明るくてびっくり」
「何か、認知症のイメージが変わった」

そうなのだ。私にはとても新鮮な感想だ。
認知症に関心ある人々にとっては、この感想を「何をいまさら」と受け止める向きもあるかもしれない。今やその先の共生モデル、「認知症にやさしい社会」の構築に向き合う次元に入っているからだ。しかし、世間値としての「認知症観」は「みんな明るくてびっくり」、ここにある。

この社会は、認知症に関心があり、問題意識を持つ人で充満しているわけでは決してない。
「認知症にはなりたくない」「認知症になったらおしまい」という世間の根深い本音を丁寧にすくい上げて、そこから積み上げていかなければ「認知症」は伝わらない。
『あさイチ』では、そこをワープさせない。きっちりと受け止めた上で進めた。

今、厚労省の老健事業としての「認知症の理解を深める啓発キャンペーン」に仲間と取り組んでいる。言ってみれば、認知症に対するスティグマ渦巻く世間に「認知症」を伝える役割だ。

今、認知症をめぐる環境は大きく前進している。
本人発信と社会参画が言われ、認知症の権利が語られ、当事者たちは「認知症の人基本法」の策定に取り組んでいる。
認知症を伝えることの難しさはそこにある。先端部分だけを論じるのでは、圧倒的な世間が取り残される。世間が動かなければ、「認知症にやさしい社会」は文言だけが虚しく響く。先端と世間、両者をつなげることが「啓発」であり、とりわけ先進の取り組みを担う「意識高い系」の人々が「世間値」をどう見極めるか、その意識改革も重要な「啓発」なのである。
弓手(ゆんで)に世界の認知症状況を見据え、馬手(めて)で、世間という公共空間に情報を投げ入れていく。

「啓発キャンペーン」では映像が効果的だろう。ネットや放送などで流せるショート・メッセージ、教材や研修などのための映像などいろいろ考えられる。
先日、その一つとして認知症の人たちの座談会を収録した。認知症の本人ばかり4人が集まって、しかも本人たちだけで語り合ったのだ。言ってみれば、認知症の人の「言いたい放題」座談会である。「啓発」臭を排し、ただ「言いたい放題」、これがいいのである。教示するのではない。誰もがどこにでもいる生活者として自分のことを話し、認知症を語る。いわば全方位的な情報発信なのである。だから、この映像を見て聴く人の反応も全方位であっていい。

「認知症の人があんなに明るくてびっくり」も当然あるだろう。あるいは、そこに潜む不安と哀しみや、それを乗り越えた要因を探り当てようと耳を傾けることもできるはずだ。また、彼ら彼女たちがしっかりと自分を語ることに感動するかもしれない。その感動のどこかに、「でもあの人たちは特別なのでは?」というかすかな想いも浮かぶかもしれない。
実はこれは座談会でも、本人たちも「私たちは特別って言われている」と苦笑しつつ語り合っているのだが、一つ読み解くとすれば、あなたのその「特別視」には、「認知症なのに」という小さな偏見が無意識に貼り付いてはいないだろうか。
これは、映像の中の認知症の本人たちが語り合っているだけではない。実は、それを視聴する人たちもまた、自分と本人たちとの対話が仕組まれていると言っていいだろう。

「啓発キャンペーン」は「答え」を提供するものではない。彼ら彼女たちも、「こうあるべき」とか「なければならない」とは言っていない。ただ、自身の体験と想いを語り、こうあってほしいという願望と、一緒にやっていこうという呼びかけを語り継ぐ。

ここにあるのは「答え」ではなく、「問い」なのである。

あなたはどう思うか。
この人たちの表情と声を見て聴いて、あなたの中の「認知症観」がコトリと揺り動かされるといい。そこから何かが生まれる。
「啓発キャンペーン」で新たな時代を創ろうなどと、大それたことは考えていない。ひとりひとりの中の「認知症」が小さく動く。そのことだけを願って、この取り組みを続けていく。

|第66回 2018.3.15|

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