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「認知症」は時代を動かす

コラム町永 俊雄

▲ 経済雑誌での「認知症」の特集は、何を語っているのか。女性週刊誌などにも「認知症」の記事が目立つようになったが、その視点が相変わらずの、予防と対策としての認知症になっていないか。社会の総体へのまなざしが欲しい。

今、認知症を語る世界が多様な広がりを見せている。
10月13日号の週刊東洋経済という経済雑誌は認知症を特集した。タイトルが「認知症とつきあう」というものだ。

株価や企業動向を特集するような経済雑誌がなぜ「認知症」を特集するのだろう。ここにはすでに「認知症」が福祉の枠組みを抜け出して語られている。
認知症をどう語るか。ここには、「認知症とつきあう」についての、より厳密で、本質的な意味でのベネフィット(利益)は、この経済社会にどうすればもたらされるかの経済人的な直感がある。
と同時に、その語られ方の変化も見逃せない。ここでの「認知症」は、全部ではないにしろ、ソーシャル・リスクではなくソーシャル・インクルージョンの文脈での語りが生まれている。

実はこの雑誌が認知症を特集したのは、これが初めてではない。2010年4月と2014年の3月にも「認知症を生きる」という特集を組んでいる。
「認知症を生きる」というタイトル自体が、2010年時点では、時代は「無縁社会」が言われた閉塞感の中にあり、2014年で言えば、当時のアベノミクスで経済浮揚へのなんとなく浮ついた気分の時代背景があり、共にこのタイトルはそうした時代を撃つきっぱりとしたパラダイムシフトの言葉であり、理念を打ち出したものだった。

2014年の10月には、認知症当事者ワーキンググループが発足しており、11月には東京で世界認知症サミットの後継イベントが開かれ、開会式では藤田和子さんがスピーチをし、安倍首相が認知症国家戦略(新オレンジプラン)構想を宣言した。
あるいは、経済という時時刻刻の敏感な動きを追いかけていた当時の雑誌編集者のアンテナに、「認知症」が時代のキーワードとして鋭く反応していたのかもしれない。
ちなみにこの号の巻頭には、クリスティーン・ブライデンさんの寄稿が載せられていた。

「認知症」が、時代の只中で語られている。
そうした視点で、この雑誌の10月の号を読んでみよう。
今回のタイトルは「認知症とつきあう」とあり、これは「認知症を生きる」という理念から現実へと、よりプラグマティックな内容に踏み込んでいるとも言える。当事者の丹野智文さんが「認知症でもまだまだはたらく」というインタビュー記事になっている。

そして今、「認知症」は世界という時代の中でも語られている。
この雑誌にはジャーナリストの眞鍋由郎氏の「認知症と生きる英国の知恵」という記事がある。これはこの稿でも度々紹介している認知症の当事者活動の仲間との情報交流の中で記されたということだが、そこには新たな認知症観の形成と実現へのエビデンス研究が紹介されている。

記事では、今年シカゴで開催された認知症の国際会議ADIでの報告として、認知症の人で暮らしに支障はあるものの「普通の暮らし」をしている人が全体の8分の7で、いわゆる徘徊、暴言などの従来の認知症のイメージに当てはまる人は8分の1に止まるという医療者の説を紹介し、「従来の認知症対策は、この8分の1という氷山の一角にばかり目を向け、水面下を放置してきた」と記す。

その上で、イギリスはその8分の7の、「認知症とともによく暮らす(Living well with dementia)」人々に目を向け、大規模なインタビュー調査を実施し、どうすれば「認知症とともによく生きる」ことにつながるかのデータの集積を始めている。IDEAL研究と呼ばれる。

この研究については私たちの勉強会でも、シカゴADIに参加した仙台の石原哲郎医師などが報告したが、注目すべきはその予算だ。第一期6億円、第二期3億円で、日本での研究助成は多くて3千万円ということと比較すれば、その差はあまりに大きい。

今、持続可能な社会が言われているが、最も切実にそのことに向き合わざるを得ないのが企業、経済社会だろう。持続可能性を確保するには、認知症を危機ではなく「つきあう」要因としてインクルーシブに取り込むことで、経済社会の体質を転換し、そして強化することになるという予感があるに違いない。

福祉の枠組みで持続可能な制度としての社会保障が語られる時、それは常に財源論として需要と供給のバランスの枠組みの中に閉じる。既成の制度を持続可能にするために、私たちの暮らしの持続可能性が脅かされるのでは本末転倒だ。
そうではなく、私たちのこの社会が認知症とどうつきあうのか。ひとつの経済雑誌の特集は、私たちのこの社会システムをどう変革するかの新たな視点の提供となるだろう。

その視点で見れば、認知症が確実に時代を動かしている。
厚労省認知症施策推進室は「オレンジポスト 知ろう認知症」というお役所にしてはフレンドリーなフェイスブックを開設した。ポストという目安箱であり交流窓口だろう。世間に開いたひとつの窓でもある。

メディアでは朝日新聞が、これは多分、ネーミングに苦労したことがしのばれる「なかまぁる」というウエブサイトを作って「仲間と一緒」とメディアの一方通行から呼びかけ型の双方向の動きを模索している。

認知症は時代を反映し、そして時代を動かしていく。そしてその道筋の方向については、時代は、世界は、希望の道筋を見よ、と呼びかけ始めた。

|第83回 2018.10.17|