体験談〜本人の声、家族の声〜

認知症の人と家族の会 
会報誌「ぽ〜れぽ〜れ」

2015年9月号(422号)

ー お便り紹介 ー

認知症の対応を勉強してほしい奈良県・Bさん 50歳代 女

4月中旬の早朝に、グループホーム入居中の義母は排便後に胸が痛いと訴えました。
血圧の上が80位で、汗が出てきて、顔色も悪く、すぐに救急対応になり、総合病院に運ばれました。意識はあったそうです。
病院に入り、ひととおりの問診をして、点滴、酸素と処置が行われていくのですが、「自分は病院に勤めていて、何故、違うところの病院でこんな事をしなくてはいけないのか」と点滴を外したり、酸素を外したりしていました。
また、「なぜ、 自分はここにいるのか」と激しく聞いたりしたそうです。家族が着いた時には、病院側からうちでは対応できませんので、ご家族さえよかったら引き取って下さいとのことでした。
本当に体調を崩していたら、そんな時はどうしたらいいのでしょう。認知症の対応を病院としてもっと勉強してほしいと思いました。

看取りました宮城県・Eさん 50歳代 女

今年の1月に姑を病院で看取りました。点滴となり丸2年生きることができました。
息子である夫は「生きられるだけ、生きてほしい。延命処置は望まない」と主治医に頼んでおり、その通りにして頂きました。亡くなる1ヵ月前まで、病院内のデイサービスで得意な歌をうたっていました。
アルツハイマー型認知症と疑われてから19年目に亡くなりました。 最期は不整脈となり、心臓が弱くなり、3日後に眠るように亡くなりました。
嫁の私は、12時間前に姑と会い、好きな歌を私がうたうと目を開けて口を動かしました。「ありがとう」と言って貰ったように思いました。
成年後見制度を使い、遺産分割もしました。義理の姉達は「あっけなかった」と言いますが、夫と私は「やってあげられる事は全てやった」と言う気持ちです。

『ぽ~れぽ~れ』は指針として活用静岡県・Fさん 80歳代 男

20年前に糖尿病を発症し、その数年後に認知症を併発した家内を抱えて介護に専念しました。
介護を続けている時に、「家族の会」の方々からお知恵と励ましを戴き、4年前、満足と感謝のこもった笑顔を残して逝ってくれました。
臨終寸前に見せてくれた罹病前を思わせる美顔は、私へのご褒美とありがたく受け取っております。
「ぽ~れぽ~れ」に掲載される記事は、何れも認知症という厄介な病気に向かって、過去・現在・未来への経験から対策まで誠によく書かれており、その時々の指針として活用させて頂きました。
今後ますますの増加が見込まれる方々のためになれば…と、引き続き会員の端に加えさせて戴いております。

ー 私の介護体験談 ー

『私にとっての介護』~82歳の母を介護する44歳の娘~青森県支部

受診のきっかけは、体の不調から

母は5年程前に認知症の疑い、3年前には「アルツハイマー型認知症で間違いない」と言われました。20年程前に手術をした脳の周りの萎縮が激しかったそうです。 昨年9月に介護保険申請をし、[要介護度1]。受診のきっかけは、母があちこち体の不調を訴えてもどこも悪くなく、それでも心配であれば、精神科で診てもらうように言われたからです。 今思うと、母の言動がおかしい事は沢山ありましたが、その時の私は年齢や性格的なものだと、いつも母を怒ったり、責めたりする事しかしませんでした。

母から逃れたい

ずっと長い間親子関係は上手くいっていず、会話も殆どなく、母も私もストレスを感じながら生活し、私は心身共に疲れていました。 そんな時に、母が認知症と診断され、これから一人でどうやって母を抱えて生きていったら良いかと途方に暮れました。 母は、そんな私の事などお構いなしに色々な問題行動を起こし、その後始末に追われ、私は毎日泣いてばかりでした。 「母から逃れたい。早く楽になりたい」という事しか頭の中にありませんでした。

人と本との出合い

そんな中、近所で開催されている体操教室に行きました。在宅介護支援センターの方に話を聞いて頂き、気持ちも楽になり、病院の先生に困ったり、分からない事を聞いてみようと思えるようになりました。 気分転換で、行った図書館では、介護についての本と出合い、「正しく対応する事で、認知症の人の状態を改善する事が可能だ」と知りました。 私の対応が母にとっては良くなかった事、そのせいで私もどんどん辛くなっていた事が分かったのです。

元気になった母の姿を見て、晴れやかに

学んで良いと思えるものはとにかく挑戦しました。その一つがアロマオイルです。 認知症になってから、夜中に何度もトイレへ起き、日中はボーッとする事が多くなった母。使用してから夜中の回数が減り、眠りの質も良くなりました。 数ヵ月後には、何でも億劫がっていた母が、自分から何かをしたいとまでなったのです。元気になった母の姿を目にして、私自身の気持ちが晴れやかになりました。 それからは、無理強いせず、気分の良い時は家事の手伝いをしてもらい、その代わりに、そろばんの読み上げ算や卓球、トランプや花札など2人でやれることを増やしました。人の集まる所へも出掛け、とても良い気分転換になりました。

今の生活がとても幸せ

気がつくと、3年前とは比べものにならない程、生活が落ち着き、私は今の生活をとても幸せだと感じる事ができます。 そう思えるのは、母が認知症になってから本当に多くの励ましやサポートがあったからです。沢山の本を読み、自分の心を強くする事が、大きな助けとなったようにも思います。 主治医から、「数年後には、家族の顔も名前も分からなくなる日が来る」と言われ、とても悲しい現実ですが、大変な思いをしているのは私だけではありません。母も同じだと思うのです。 母は母なりに毎日一生懸命頑張っているのです。だからこそ、母との楽しい思い出を沢山つくりたいのです。それが、私にとっての介護なのです

※ 会員様からのお便りを原文のまま掲載しております。