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認知症の人と家族の会
会報誌「ぽ〜れぽ〜れ」2015年1月号(414号)
ー お便り紹介 ー
すべきことがあれば教えて下さい大阪府・Hさん 41歳 男
別居の77歳の母はレビー小体型認知症と診断されました。介護についてどうするのが良いのか迷っています。一緒に住んでいる父は他人事です。
医大の先生には薬を飲むしか治療がないと言われましたが、他にすべきことがあるのであれば教えて下さい。今後、施設への入所を考えるタイミングもわかりません。
どうしたらいいのかわからず兵庫県・Wさん 55歳 女
82歳の父を介護しています。平成24年の暮れに、カラオケ仲間から様子がおかしいと言われて気がつきました。年齢からの物忘れと思っていました。25年の秋からはかなり進んで、私一人で介護するのが限界になり、昨年1月、精神病院へ入院し、9月末にはグループホームに入所しました。まわりの方々の話を聞いていると私はどうしたらいいのかわからなくなり、施設や病院の職員でない方々の話を聞きたくて、包括支援センターに「家族の会」を紹介してもらいました。
父は自分は自立した良い人間だと思っていて、プライドが高く、認知症とは思っていません。今でもです。
私しか介護者がおらず、元気な父を追いかけながら自宅で介護することはできません。多分、私の寝る時間、トイレに行く時間もなくなると思います。自宅に戻すことは考えられません。
昨年を振り返ってみて青森県・Iさん 女
一年が閉じ、また新たなこの時期に思う事。認知症の父が肺炎で入退院を繰り返し亡くなった。
今、認知症の人の入院~在宅医療が見直される情報があってもなお、実家のある地域は訪問診療が全くありません。認知症疾患医療センターがある地域でさえ・・・。
母は老健入所で、胃がんがあってもなんとか食べております。行くと誰かがわからなくても、笑顔で迎えてくれる母。また、今年もよろしく。いくつになっても母さんの子。
ー 私の介護体験談 ー
演じる宮城県支部会員
不快な一回目のプロポーズ
認知症になった夫から私は二度プロポーズされました。姉が遊びに来ていた時のことでした。夫が姉に「話がある」と居住まいを正し、少し離れた場所にいた私を指差し、「あの人と結婚したい」と言いました。その時の私は違和感で気持ちがざらつき、この場の展開が早く終わることを願いました。姉は「どうなの?」と私に聞きます。その頃、夫の暴言や暴力に苦しんでいましたので、内心、できるものならお断りしたいと思いながらも、小さな声で「いいですよ」と答えるのが精一杯でした。姉は面白がっていて、夫に調子を合わせてくれていました。後で姉は私がとても不快な顔をしていたと語っています。
ドライブ中、二回目のプロポーズ
二回目はドライブ中でした。運転免許を持たない夫は、以前から私の運転するドライブが大好きです。病気になってからのドライブは、夫の不穏な精神状態の時に安定させる便利な手段でありました。ところが、このドライブ中、家に近づくと困った状況が待っています。自宅は「母親と二人で住んでいる」ことになってしまうのです(母は17年前に亡くなっていますが)。
昔、母親に結婚を反対されるなど確執もあったせいか、私を家の中に入れてくれません。本人のイメージが結婚前にさかのぼっているようです。そのため私を実家に帰そうとします。仕方がないので一回りして「ただいま」と帰りますと、「僕も今帰ったところだ」とリアルな世界に戻っています。
このような背景があって車中でプロポーズです。
夫「あなた独身ですか?」、私「そうです」、夫「僕は母親と暮らしているのだけれど、75歳で独身、このままだと子孫も残せない、そろそろ結婚したいと思っている」、私「私は一人暮らしで寂しいから一緒になりましょう」、夫「結婚するにはどうすればいいのかな?」、私「区役所で婚姻届を提出すればいい」、夫「これから行きましょう」
かくして区役所へ行き、婚姻届の用紙を受け取ってこの回のシナリオは終わりました。
三回目はいつ?
一回目のプロポーズと二回目の間に一年以上の月日が流れています。もともと不器用で生真面目な自分が、葛藤しながらも方便や嘘を使いこなせるとはびっくりです。芝居にたとえると、客席でなく同じ舞台に立って演じることで、うまくいくことがわかってきました。名優になれた今、三回目のプロポーズを待っているのですが、「あれ」「これ」になってしまい、夫の口からセリフが出てきません。
認知症になった夫を受け入れられなかった頃が一番苦しかったし、相手も不安から興奮、暴言、混乱を招いていたのだと思われます。夫を観察していますと、過去とか未来はなく、一瞬を生きています。今が快であればそれで良しの態度です。メンタル面のケアに追われてきましたが、最近は身体的衰えが目立ちます。夫喜寿、妻古希、老老介護です。夫のように一瞬を生きるわけにはいきませんが、今日一日、いい日だったと思える日々を重ねていこうと思います。そうすれば、朝ドラ「花子とアン」のセリフ「曲がり角の先はきっと一番よいものに違いない」のですから。