体験談〜本人の声、家族の声〜

認知症の人と家族の会 
会報誌「ぽ〜れぽ〜れ」

2024年2月号(523号)

ー お便り紹介 ー

直前の記憶がありません その後東京都・Aさん 男

11月号では、直前の記憶がない妻についての投稿を掲載いただきました。その関連です。
直前の記憶がないアルツハイマー型認知症の妻(76歳)とその妹の会話です。
妹「最近トイレが近くなって朝まで2〜3回はいくよ、姉ちゃんは?」
妻「私は朝までトイレにはいかないよ」
実は、前夜に妻がトイレに30回以上行ったという話から妹が試したものです。
妻は、頻尿というよりトイレ頻回であって、1〜15分おきにトイレに通うことがあります。
そういうときは取りつかれている感じで、日中は散歩に連れ出して気を紛らわせたりしますが、夜間はそれができず、眠りにつくのを待つだけです。
泌尿器検査でも問題ありませんでしたので、おそらく、トイレに行ったという記憶がないため、尿意や残尿感がリセットされない状態ではないかと推察しております。
ただし、トイレが多かった日は寝不足になるので、翌日は床についてからトイレにも行かず爆睡します。
京都本部に電話相談したところ、そういう人は多いということと、その後の経過としてトイレ頻回は収まるとのことでしたが、それは認知症が進んで、自分でトイレに行くことができず、失禁やオムツの世話になると伺いました。逆に考えると「トイレに行く」という意識と行動があるうちは、まだよい方かもしれません。なお、水道代は2〜3年前に比べると1.5倍になりました。

一人で泊まるのか?群馬県・Dさん 女

先日、保育園児の孫がインフルエンザにかかり、私が一日看護に行くことになりました。
夫への感染が心配されることと二人の孫を見ながらの介護は大変であることを考え、以前より考えていたショートステイを利用してみることにしました。
前日の夜ゆっくりと一晩宿泊してほしい旨を説明した時には「じゃ俺は泊りに行くよ」とは言っていたものの、送っていった時には「俺が一人で泊まるのか?」と不安そうな顔をしていました。
実際の様子では自分の部屋という意識はなく、部屋から出て「多分奥様を探していたのだと思います」との職員さんの言われるように、夜中も目覚めると施設内を歩き回っていてあまり眠れなかったようです。
報告書には「夜間の俳徊が見られました」との記載がありました。翌日迎えに行くと本当にうれしそうで、夫にとってはつらい体験だったのだなと感じました。

介護者自身も大切に愛知県・Eさん 女

介護中はとても思うことができませんでしたが、介護も私の人生に必要な時間で、時期も私に必要な時期だったと最近思います。「家族の会」でよく伺ったのは「その状態ずっと続かないから」ですが、介護者である私自身、周りも変わっていき、看取りまで、母は生ききってくれたと今は振り返ります。介護保険のサービスなどでは被保険者中心で話が進んでいきがちですが、介護者、その周りの人生もあっての本人の人生ですので介護者ご自身もどうか大切になさってください。

ー 私の介護体験談 ー

私の介護体験 〜義母との思い出〜徳島県支部

義母との出会い

義母と初めて会ったのは私が26歳のときで、義母は73歳でした。孫のような年の差がある私に、頼りなさを感じることもあったためか、義母はお中元やお歳暮の手配をしてくれたり、いろいろな面で助けてくれました。私からみた義母は、発言力のあるしっかりした強い人。そして、大阪で生まれ育ったこともあり、誰とでも楽しく笑いながら話をすることができ、旅行やドライブが大好きな行動力のある人でした。私が息子を出産するときは、当時私たち夫婦が住んでいた高知県まで汽車で駆け付け、陣痛に苦しんでいる私の腰をさすりながら「○○さん、頑張るんでよ」と何度も声をかけてくれたこともありました。

義母の異変とその後

義母の様子がおかしくなったのは、義父が亡くなって2年がたったころでした。最近、頭がおかしくなった気がする。いつもと違う、すぐに忘れてしまうし、私はどうなってしもうたんかいなと言うことが増えました。そして、毎日朝と夕方には私たち夫婦が住むマンションまで、バスに乗って来るようになりました。義父が亡くなった後、一人で過ごす時間が増えたことで寂しさや不安感があったのかもしれません。最初のうちはバスに乗って、徳島駅で乗り換えもできていましたが、そのうちに乗るバスが分からなくなり、時にはヒッチハイクをして親切な方が送ってくれたこともありました。そのようなことが数カ月続き、1時間近くかけて歩いて来るようになり、夜間に出歩いた時には警察に保護される事態になったこともありました。その時の義母は、とてもショックを受け、落ち込んでいました。
そんな義母の様子を見て、私たち夫婦は義母と同居することを決め、老朽化した主人の実家を建て替えることにしました。義母の大切な思い出がつまった家を取り壊すにあたって、ご近所に住む画家の八木和彦先生に家を描いてもらいたいと思いました。八木先生の描かれた絵を見ることで、義母がいつでも大切な家のことを思い出すことができるようにしたいという思いで、八木先生にお願いし、快諾していただきました。

今の私は義母のおかげ

この時の私と義母とのかかわりや主人の実家の建て替え工事、八木先生が絵を描いている様子が、四国放送の取材を受け「おばあちゃんの心のふるさと」としてフォーカス徳島で放送されました。今から11年前のことです。昨年には、フォーカス徳島でアーカイブスとして再放送され、4年前に亡くなった義母を思い出しながら見ることができました。介護をしているときは疲労困憊することが何度もありましたが、義母の介護体験があったからこそ今の私がいます。昔も今も、そしてこれからも、義母は私にいろいろなことを数えてくれていると実感する日々です。

※ 会員様からのお便りを原文のまま掲載しております。