特集
  • 医療
  • くらし

長寿の未来フォーラム「認知症のこれから ~本人と家族で考える“幸せ”とは~」

概要

ー 【基調講演】認知症の基礎知識 ー

2024年3月3日、京都市のみやこめっせで、「認知症のこれから ~本人と家族で考える、"幸せ"とは~」をテーマに、長寿の未来フォーラムが開催されました。
2023年は新薬の承認に加え、認知症基本法の誕生など、認知症に関する新しい動きがあった年。認知症との向き合い方はどう変わっていくのか、本人と家族、医療者とともに今後の展望を考えます。
第一部は認知症専門医の木下彩栄医師が、基調講演を行いました。木下医師は、認知症の原因で最も多いアルツハイマー病において、画期的な新規治療法として厚労省に承認されたレカネマブによる抗アミロイド抗体療法についてわかりやすく解説。適応があるのは早期のみなので、より早い段階で発見するためのポイントも説明しました。
また、認知症につながる12の危険因子も紹介。「生活習慣の改善など、適切に対処すれば40%程度のリスク低減が可能だといわれています」と木下医師。認知症の人が、暮らしの中で理解しやすいように身の回り製品のデザインに気を配るなど、自立した生活を支援することも大事だと話しました。(13:31)

ー 認知症の最新医療情報 ー

超高齢化社会では、「フレイル(加齢により心身が虚弱した状態)」は重要なキーワードの一つです。
長寿の未来フォーラムでは会場内でフレイルチェックを実施。訪れた人たちはフレイルの兆候を見つけるための握力や立ちすわり、指輪っかテストなどを体験したり、認知症やフレイルについて相談するなど、フレイルに対する理解を深めていました。
今回のフォーラムにおけるトピックスの一つが、2023年12月に保険収載されたばかりの「認知症の新薬」です。実際に新薬が使われている医療現場を取材し、会場でその映像を紹介しました。
どの程度効果があるのか気になるところですが、パネリストとして参加した認知症専門医の松本一生医師は、「元通りになるわけではない。徐々に軽くはなるけど進行していくと考えなければならない」と話します。副作用も課題で、投与後も細やかに観察していく必要があります。(8:57)

ー 認知症 最新医療と暮らし ー

新薬の登場によって、認知症の治療や受診の在り方は変わってくるのでしょうか。
「認知症の人と家族の会」代表理事の鎌田松代さんは、「薬で認知症の進行をゆるやかにできるのは、本人にとっても家族にとっても良いこと」と期待を寄せます。
また治療だけでなく検査にも保険が適用されるようになり、松本医師は「高額療養費制度を使うことになるが、年間の自己負担額は15万円程度だと考えている。お金持ちだけの治療にはならないでしょう」と話しました。
認知症の分野では、今後もさまざまな新薬の登場が期待されています。治療を受けるために診断は重要ですが、「大前提として、『早期に診断を受けたものの、治療の適応がないとか、あとのサポートがなくて絶望する』といったことが起こらないようにする必要がある」と松本医師。診断後に適切なサポートを受けて前向きになれるかどうかがポイントだと指摘しています。(7:11)

ー 〜認知症本人と家族の社会参加と生きがい〜 伊藤 俊彦さん家族の場合 ー

2024年1月から認知症共生社会を推進する「認知症基本法」が施行されました。
松本医師は「国、自治体、国民が『こういうふうに認知症を捉えるべき』ということを基本法という法律で明文化したのは画期的なこと」と評価します。そこで、認知症当事者と家族もパネルディスカッションに加わり、社会参加や生きがいについて意見交換を行いました。
12年前に認知症と診断された伊藤俊彦さん(80)は、さまざまな場で「本人の不安に耳を傾けてほしい」と発言し続けてきました。
伊藤さんや共感する仲間たちの行動は行政を動かし、京都府の新たな認知症施策「京都式オレンジプラン」の誕生につながっています。会場では伊藤さんの活動が映像で紹介され、伊藤さんと妻の元子さんがこれまでの思いを語りました。(7:25)

ー 認知症本人が拓く地域社会 ー

伊藤俊彦さんは、認知症と診断されたときの恐怖や当事者として生きていく不安を周囲に伝えてきました。本人が抱えている思いを伝えることで理解が深まり、共感の輪が広がっていったのです。
フォーラムの会場には伊藤さんの言葉に励まされたという参加者も。「もともと企業ボランティアで認知症の方のサポートをしていたが、自分も認知症と診断された。とうとうあっち(認知症)の世界に行くのかと思ったが、実際にはそんなに明確にあっちとこっちはないんだと気づかされた」と話してくれました。
施行されたばかりの認知症基本法では「認知症本人の意向を尊重する」という項目が掲げられ、「家族への支援」も盛り込まれています。松本医師は「ご本人はもちろん家族も同じように大事。同列に並んだことはすごく意味があると考えています」と語りました。(7:48)

ー 鈴木 貴美江さん母娘の場合 ー

パネルディスカッションには、認知症の当事者の鈴木貴美江さんと娘の祐三子さんも参加。二人の暮らしぶりが映像で紹介されました。
診断されてから10年目、自宅ではうたた寝をして過ごしたり、転倒することも多くなってきたという貴美江さん。転倒してけがをしても入院を嫌がり、デイサービスにも行こうとしません。祐三子さんは「どうしたら今の暮らしを続けていけるのか」を話し合い、役割分担を決めることにしました。
貴美江さんは難しい作業は苦手ですが、コーヒーを淹れるなど得意なことや工夫をすればできることはたくさんあります。役割が増えたことで、自宅での生活を楽しめるようになりました。
認知症になるとできないことばかりに目が向いてしまいがちですが、できることを見つけることが自信や生きる希望につながっていきます。(7:47)

ー 幸 陶一さん家族の場合 ー

幸陶一さんは6年前、MCI(軽度認知障害)と診断されました。妻のひろ子さんとはお互いに思いがなかなか伝わらず、だんだんストレスが溜まっていき、夫婦げんかが絶えなくなったそうです。そこで200m離れた娘の暁子さんの家で過ごす時間を増やし、夫婦が離れる時間を作りました。
「父にとっても私と過ごす時間はプラスで、私にとっても父から癒されることがたくさんあります」と暁子さん。ひろ子さんも陶一さんと距離を置いたことで、一緒のときには穏やかな気持ちで接することができるようになりました。
「住み慣れた街で気ままに過ごすのが何よりも楽しい」と話す陶一さん。昨年は一人で散歩中に山の中に迷い込み、滑落して大騒ぎになりましたが、捜索に当たったレスキュー隊員から「歩かせるな」ではなく「安全に歩ける範囲を決めて家族が見守りできる体制を整えてください」とアドバイスをもらったそうです。警察や消防など行政の理解も進んできています。(7:44)

ー 京都フォーラムまとめ ー

フォーラムの最後にパネリストの皆さんに、「これから一番大事にしていきたいこと」を伺いました。
伊藤俊彦さんは「最初から決めてかからないようなやり方(対話)」、妻の元子さんは「人とのつながり」を挙げました。
鈴木貴美江さんが挙げたのは「健康」。娘の祐三子さんは「自分が良かれと思ってやったことが、母にとってはそうでもないことがあった。『自分ごと』と思う部分と、『自分とは違う』と思う部分は大事にした方がいい」と話します。
鎌田さんは、認知症が狭く捉えられがちな現状を指摘した上で「認知症はもっと幅が広いということをもっと多くの人に知ってもらいたい」と述べました。
家族の介護者でもある認知症専門医の松本医師は、「ケアをする側、される側の垣根が低くなってきていることを感じてほしい。みんなどこかでつながっているというのが大事」と話してくれました。(5:05)

【2024年5月30日公開】

出演者

木下 彩栄(きのした あやえ)さん

京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 教授/京都大学 理事補(男女共同参画担当)

1989年京都大学 医学部卒業。京都、奈良、東京の病院で脳神経内科の研修後、1994年京都大学大学院博士課程進学、1998年医学博土取得。2000年~2003年に米国へ認知症の研究留学をして、帰国後は、京都大学で特任助教授としてアルツハイマー病の基礎研究を継続し、2005年より現職。現在、コメディカルの教育に携わるとともに、在宅医療、認知症の臨床研究を行う。京大病院ではもの忘れ外来を担当。京都市の長寿すこやかセンター嘱託医も兼務。日本認知症学会 理事、広報委員長。神経内科専門医、認知症専門医。

プロフィールを表示

松本 一生(まつもと いっしょう)さん

松本診療所(ものわすれクリニック)理事長・院長/大阪市北エリア連携型認知症疾患医療センター 院長/大阪公立大学大学院 生活科学研究科 客員教授/日本認知症ケア学会 総務担当理事

1983年大阪歯科大学を卒業し歯科医師になる。高齢者や認知症の訪問歯科診療を目指すが、当時の社会ではそのような活動への理解に乏しく、医師免許を取得するために関西医科大学に再入学。医学部を卒業してからは認知症を専門とする精神科医を目指し、30年ほど前に実家である松本診療所に老人デイケアを開設。スタッフと共に先駆的な活動に取り組む。現在は小さな診療所を開設。パーキンソン病の妻の介護をしながら、認知症を専門とするメンタルクリニックを続けている。

プロフィールを表示

鎌田 松代(かまだ まつよ)さん

公益社団法人 認知症の人と家族の会 代表理事

1956年佐賀県生まれ。看護師として、大学病院や特別養護老人ホームなどで勤務。1981年、義父が脳内出血を起こし、在宅介護のため離職。その経験から復職後は在宅看護分野で働く。2004年以降、佐賀の両親、京都の義母が認知症の診断を受け、認知症介護と向き合うようになった。2007年より認知症の人と家族の会 理事、2023年6月に代表理事に就任。

プロフィールを表示

伊藤 俊彦(いとう としひこ)さん

1943年北海道生まれ。北海道大学大学院 工学研究科修了。1972年に妻・元子さんと結婚。北海道教育大学 教授として地質学、鉱物学を研究する。退官後、娘が暮らす京都に転居したが、翌年68歳の時に認知症と診断される。当初は「わけのわからない自分になるのでは」と、不安のなか苛立つ日々が続いたが、受診した洛南病院が開いていたテニス教室に参加してから気持ちが前向きに変化。「先のことを心配せず、認知症とうまくつきあう」と心に決め穏やかに過ごしている。2018年には認知症当事者の出会いの窓口「オレンジドアノックノックれもん」を妻とともに立ち上げ、二人三脚で訪れる人々の相談に乗ってきた。2023年には、大学時代の研究の功績が認められ瑞宝章を受章した。

プロフィールを表示

鈴木 貴美江(すずき きみえ)さん

1939年群馬県高崎市生まれ。結婚を機に京都に移住し、夫が立ち上げた呉服工房で経理を担当。56歳のときに義母が認知症、夫が脳梗塞で高次脳機能障害に。家業を引き継いだ娘の祐三子さんとともに二人の介護を担う。義母と夫が亡くなると、貴美江さん自らも75歳で認知症の診断を受け、意欲をなくし引きこもるようになる。しかし、主治医の勧めで認知症カフェの手伝いをするようになってから、自信と元気を取り戻す。現在は、畑仕事をしたり、様々な認知症カフェで得意のドリップコーヒーをふるまったりするなど活動的な日々を送り、2022年には「京都府認知症応援大使」に任命され、講演活動なども行っている。

プロフィールを表示

三宅 民夫(みやけ たみお)さん

元NHKアナウンサー/立命館大学 衣笠総合研究機構 客員研究員

1952年名古屋市生まれ。1975年NHK入局。岩手、京都勤務を経て、1985年東京アナウンス室へ。『おはよう日本』『紅白歌合戦』など、さまざまな番組の進行役を担当する。日本のこれからを考える多人数討論番組で長年にわたり司会をすると共に、『NHKスペシャル』キャスターとして「戦後70年」や「深海」など大型シリーズも担ってきた。2017年にNHKを卒業してフリーに。現在は、『鶴瓶の家族に乾杯』<総合テレビ>の語りなどを務めている。著書に『言葉のチカラ』(NHK出版)。

プロフィールを表示

イベント

特集一覧